相 模 川 | 中 津 川 | 狩野川 | 酒 匂 川 | その他 | |
3月から 5月 |
相模大堰副魚道遡上量調査1 相模大堰副魚道遡上調査2 |
あこがれは高倉健さんの 5代前のババさんたち 田辺聖子「姥ざかり花の旅笠 ―小田宅子の『東路日記』」 |
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6月 | 2日 18日 21日 25日 | 1日 6日 13日 30日 | 桂へ 桂へ と,サボリーマン はなびく |
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7月 | 11日 26日 30日 | ||||
8月 | 1日 4日 6日 10日 12日 21日 24niti 26日 |
8日大井川 | |||
9月 | 6日 8日 12日 14日 17日 20日 22日 25日 30日 |
1日 28日 | 大井川笹間渡の囮屋さんがやめる | ||
10月 | 7日 | 2日 9日 | 31日稲生沢川 | ||
11月 | |||||
2019年相模大堰副魚道遡上量調査 その1 単位:万匹
神奈川県内広域水道企業団社家取水管理事務所の遡上量調査資料から
2000 年 |
2001 年 |
2002 年 |
2003 年 |
2004 年 |
2005 年 |
2006 年 |
2007 年 |
2008 年 |
2009 年 |
2010 年 |
|
4月1日 から10日 |
23.2 | 204.9 | 568 | 18.4 | 830.9 | 5.6 | 0.5 | 27.4 | 188 | 20.3 | 19 |
4月11日 から20日 |
9.4 | 40.6 | 895.2 | 264.5 | 113.2 | 0 | 2.5 | 24 | 219 | 54 | 81 |
4月21日 から30日 |
36.6 | 125.3 | 387.1 | 232.3 | 499.2 | 42.2 | 23 | 275 | 229 | 40 | 70 |
4月計 | 69 | 371 | 1,850 | 515 | 1,443 | 48 | 26 | 326 | 636 | 114 | 169 |
5月1日 から10日 |
4.4 | 129 | 112.8 | 32.8 | 56.2 | 0.8 | 9.9 | 68.6 | 70 | 2 | 59 |
5月11日 から20日 |
5.5 | 40.7 | 48.5 | 41.2 | 136.7 | 0.6 | 6.1 | 13.8 | 32 | 7 | 3 |
5月21日 から28日 |
3.7 | 8.6 | 9.7 | 108.8 | 45 | 0 | 0.7 | 3.2 | 36 | 0.4 | 2 |
5月計 | 13.6 | 178.3 | 171 | 182.8 | 237.9 | 1.4 | 16.7 | 85.6 | 138 | 9 | 64 |
合計 | 101 | 550 | 2,199 | 706 | 1681 | 49 | 43 | 412 | 774 | 123 | 233 |
3月20日 ~3月31日 |
16 | 1 | 177 | 80 | 296 | 調査 対象 期間外 |
|||||
遡上初出日 | 23日 | 20日 | 25日 | 29日 | 25日 | 4月 4日 |
4月 3日 |
||||
初出日 最高水温 |
ー | 12度 | 11度 | 12度 | 12度 | 15度 | 13度 |
2011 年 |
2012 年 |
2013 年 |
2014年 | 2015 年 |
2016 年 |
2017 年 |
2018 年 |
2019 年 |
2020 年 |
2021年 | |||
4月1日 から10日 |
61 | 18 |
60 | 88 | 32 | 466 | 328 | 2,181 | 191 | ||||
4月11日 から20日 |
271 |
56 |
29 | 170 | 464 | 475 | 459 | 3,597 | 114 | ||||
4月21日 から30日 |
417 |
457 |
63 | 193 |
273 | 213 | 231 | 622 | |||||
4月計 | 749 |
531 | 152 | 451 |
769 | 1,154 | 1028 | 4,219 | 305 | ||||
5月1日 から10日 |
62 |
31 | 15 | 15 |
125 | 235 | 159 | 251 | |||||
5月11日 から20日 |
139 |
20 | 73 | 16 | 165 | 329 | 221 | 130 | |||||
5月21日 から28日 |
22 |
4 | 7 | 11 | 12 | 18 | 33 | 10 | |||||
5月計 | 223 |
64 | 95 |
80 | 302 | 347 | 413 | 391 | |||||
合計 | 972 |
595 | 247 | 531 |
1071 | 1501 | 1441 | 4,610 | |||||
3月20日 ~3月31日 |
遡上なし | 遡上 なし |
遡上なし | 4月1日に 7万の遡上があることら3月下旬に遡上の可能性あり |
三月終わりに遡上目撃 | 三月二〇日頃に遡上観察 | 調査開始は4月2日 | ||||||
遡上初出日 | 4月4日 | 4月3日5千 | 4月4日2万 | 4月1日 7万 |
4月1日31万 | 4月1日45万 | 初出4月3日2千、4日120万 | ||||||
初出日 最高水温 |
13度 | 12度 | 16度 | 13度 |
2018年秋のダム放流が多く、栄養塩が大量に海に流れて、植物プランクトンの繁殖量が大量で、動物プランクトンの繁殖量が多く、稚鮎の胃袋を満たし、稚鮎の生存率の著しい低下はないのでは、と、妄想していたが。
そして、房総以西の太平洋側の海アユの産卵時期が、学者先生の10月、11月説とは違い、11月、12月であるから、ダム放流の濁りが産着卵に付着して、ふ化率の低下も生じていないのでは、と妄想していたが。
4月始めの暖かい日、寒川の堰下流側には、100羽を超えるのではないかと思うサギがお食事中、河原には食後の休憩をしている鷺も100羽を超えるのでは。
鵜は、堰のコンクリートの上に2羽だけ。鵜の食堂はどこかなあ。
4月21日、新昭和橋下流に3羽の鵜と2羽の鷺。昭和橋からは捕食者は見えず。水の中には鯉が数匹見えるだけ。
4月23日、相模大堰界隈には鵜も鷺も見えず。朝、鵜駆除の鉄砲打ちがあったとのこと。
磯部の堰を見に行っても、遡上アユが見えないでしょうから、またの機会にしましょう。
2018年の遡上量は、適切な数量かなあ。
カメラ利用の判定ではなく、目視による調査であるから、調査員が変わったことによる不具合が発生していないのかなあ。
魚道を飛び跳ねる遡上アユは、群れで遡上するから、カウントする作業は容易ではないのではないかなあ。
門沢橋や三川合流点付近を釣り場にしている人の話では、アユの量が特別多いとは思えなかった、アユは小さい、と。小さいアユは、三川合流点界隈も1番上りや2番上りが途中下車をしたくなる石が詰まった川相ではないから理解できる。
数が特別多いとはいえない、ということは、相模大堰副魚道での遡上量数が、4千万以上とはいえないかも。
磯部の堰下流のコロガシの状況を1回だけ見に行った。
3人が瀬に入っていたが、釣れず。腕の問題?それとも?もちろん、ビール持参でなかったから、短時間しか、見ていなかったが。雄物川さんらが、磯部の堰下流に行ってくれたら、遡上量の状況を釣り人の立場で考えることができるのになあ。
雄物川さんらが竿を出していた妻田の堰上流は、遡上アユが少しはいたよう。1番上りではないが。アユのお裾分けが野菜に代わることは多くはなかったようであるが。
鮎見橋のブロックを積み上げた魚道を2番上りや3番上りが少しは遡上出来たかも。田圃に水を取る頃に、水量が減り、ブロックの滝を登ることができたのかなあ。
丼大王のつまみとなる海藻等の磯の恵みが、海水温が高く、僅少であることが、稚鮎の生存率に影響しているのか、影響していないのか。学者先生は、海水温が高いと、捕食者が多く、稚鮎の遡上量は減少すると、書いているが。
どのような捕食者を想定しているのか、どのような観察をしたのか、説明はないが。
2019年相模大堰副魚道遡上量調査 その2 単位:万匹
神奈川県内広域水道企業団社家取水管理事務所の遡上量調査資料から
2000 年 |
2001 年 |
2002 年 |
2003 年 |
2004 年 |
2005 年 |
2006 年 |
2007 年 |
2008 年 |
2009 年 |
2010 年 |
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4月1日 から10日 |
23.2 | 204.9 | 568 | 18.4 | 830.9 | 5.6 | 0.5 | 27.4 | 188 | 20.3 | 19 |
4月11日 から20日 |
9.4 | 40.6 | 895.2 | 264.5 | 113.2 | 0 | 2.5 | 24 | 219 | 54 | 81 |
4月21日 から30日 |
36.6 | 125.3 | 387.1 | 232.3 | 499.2 | 42.2 | 23 | 275 | 229 | 40 | 70 |
4月計 | 69 | 371 | 1,850 | 515 | 1,443 | 48 | 26 | 326 | 636 | 114 | 169 |
5月1日 から10日 |
4.4 | 129 | 112.8 | 32.8 | 56.2 | 0.8 | 9.9 | 68.6 | 70 | 2 | 59 |
5月11日 から20日 |
5.5 | 40.7 | 48.5 | 41.2 | 136.7 | 0.6 | 6.1 | 13.8 | 32 | 7 | 3 |
5月21日 から28日 |
3.7 | 8.6 | 9.7 | 108.8 | 45 | 0 | 0.7 | 3.2 | 36 | 0.4 | 2 |
5月計 | 13.6 | 178.3 | 171 | 182.8 | 237.9 | 1.4 | 16.7 | 85.6 | 138 | 9 | 64 |
合計 | 101 | 550 | 2,199 | 706 | 1681 | 49 | 43 | 412 | 774 | 123 | 233 |
3月20日 ~3月31日 |
16 | 1 | 177 | 80 | 296 | 調査 対象 期間外 |
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遡上初出日 | 23日 | 20日 | 25日 | 29日 | 25日 | 4月 4日 |
4月 3日 |
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初出日 最高水温 |
ー | 12度 | 11度 | 12度 | 12度 | 15度 | 13度 |
2011 年 |
2012 年 |
2013 年 |
2014年 | 2015 年 |
2016 年 |
2017 年 |
2018 年 |
2019年 | 2020 年 |
2021年 | |||
4月1日 から10日 |
61 | 18 |
60 | 88 | 32 | 466 | 328 | 2,181 | 191 | ||||
4月11日 から20日 |
271 |
56 |
29 | 170 | 464 | 475 | 459 | 3,597 | 118 | ||||
4月21日 から30日 |
417 |
457 |
63 | 193 |
273 | 213 | 231 | 622 | 58 | ||||
4月計 | 749 |
531 | 152 | 451 |
769 | 1,154 | 1028 | 4,219 | 367 | ||||
5月1日 から10日 |
62 |
31 | 15 | 15 |
125 | 235 | 159 | 251 | 37 | ||||
5月11日 から20日 |
139 |
20 | 73 | 16 | 165 | 329 | 221 | 130 | 0 | ||||
5月21日 から28日 |
22 |
4 | 7 | 11 | 12 | 18 | 33 | 10 | |||||
5月計 | 223 |
64 | 95 |
80 | 302 | 347 | 413 | 391 | 98 | ||||
合計 | 972 |
595 | 247 | 531 |
1071 | 1501 | 1441 | 4,610 | 465 | ||||
3月20日 ~3月31日 |
遡上なし | 遡上 なし |
遡上なし | 4月1日に 7万の遡上があることら3月下旬に遡上の可能性あり |
三月終わりに遡上目撃 | 三月二〇日頃に遡上観察 | 調査開始は4月2日 | ||||||
遡上初出日 | 4月4日 | 4月3日5千 | 4月4日2万 | 4月1日 7万 |
4月1日31万 | 4月1日45万 | 初出4月3日2千、4日120万 | ||||||
初出日 最高水温 |
13度 | 12度 | 16度 | 13度 |
社家取水管理事務所の資料では 4月計:371万 5月(5月20日まで)計;100万 合計472万 となっていますが、万単位で、四捨五入で
表現したことによる誤差を総計で調整する操作をサボりました。
2018年の「大量遡上」が、「適切」な観察ではないことが、益々「確信」になっていった。
社家取水管理事務所から、資料を受けとり、神奈川県内水面試験場が、遡上量を推計するとのこと。
この間の具体的な資料については聞いていないが。
1日に十萬以上の遡上があれば、「個体数」を数えることは不可能で、何らかの推計値、換算値を用いることになるのでは。その推計がどのように行われているか、わからないが、内水面試験場には、質問状をメールで送信した。
三川合流点をコロガシの釣り場にしている人から、そこでも沖取り海産の直放流のチビが主役?準主役?であったとのこと。
ということは、磯部の堰下流の瀬で、3人のコロガシの人の釣れている姿を見ることがなかった情景も「異常」な現象ではなかったということかも。もちろん、ビール持参ではなかったから短い時間のことであるが。
今年、100羽ほどの集団の鵜を見たのは、5月の連休終わり頃の昭和橋上流。
5月1日頃から、漁連の放流が始まったよう。
5月3,4日の内水面祭りのとき、高田橋の内水面試験場のテントの水槽には、今年相模川に放流されたであろう五センチほどの稚鮎が泳いでいた。その稚鮎は、11月1日採卵のF2とのこと。
30ウン代で廃嫡になった県産継代人工は、9月15日頃と10月1日頃に採卵をしていた。それとは異なり、房総以西の太平洋側の海アユの性成熟、産卵時期に近づいている。
そして、1番上りになる孵化時季である。
にもかかわらず、5月になってもチビであるのはこれ如何に?
丼大王の伊豆の小川での1番上りの大きさと如何にかけ離れていることやら。
平成24年の越後荒川。
雪代が2,3週間遅くなって収まった。それから遡上が開始した。2,3週間遡上開始が遅れても、大きさには影響は少なく、例年とさほど違いはないと思っていた。
しかし、大石川の合流点の瀬で釣れるのは、8月というのに小中学生のみ。遡上量は十分。荒川の乙女、番茶も出花娘は瀬におらず。
瀬尻のトロには、トラックで運ばれてきた番茶も出花娘の大きさがいたが。番茶も出花娘が釣れたが。
コケを食む時期の遅れが、その後の成長に重大な影響を生じる事例と思っている。房総以西の太平洋側では、このような現象はないと思うが。
いや、内水面試験場の稚鮎は、その時の荒川と同じ環境におかれているのかも。餌の切り替えが行われていないかも。
昭和橋上流の鵜、鷺は、5月始めには100羽ほどが集結していた鵜であるが、5月18日には、50羽足らずの鵜に減り、そして下流へと飛び立っていった。
鵜は、どのようにして新しい食堂を仲間に伝達しているのかなあ。先発隊が何日か、戻ってこないときは、新しい食堂が見つかった、という合図になっているのかなあ。
5月20日の昭和橋上流には、鵜も鷺も戻っておらず。どの程度、放流ものを食い残してくれているのかなあ。
酒匂川も汲み上げ放流を行わなかったとのことであるから、遡上量は少ないのでは。駿河湾も。
日本海側は、雪代が遅くまで残ったのでは。
ああ、「香」魚だけでなく、遡上アユすら、もうだっこすること能わず、ということかなあ。
2018年に、1日で百万匹以上の遡上量を観察した日 単位:万
日にち | 4月2日 | 4月3日 | 4月4日 | 4月6日 | 4月7日 | 4月9日 | 4月10日 | 4月11日 | 4月12日 | 4月13日 | 4月19日 | 4月20日 | 4月21日 |
数量 | 161 | 341 | 281 | 226 | 323 | 240 | 368 | 348 | 308 | 186 | 123 | 246 | 153 |
相模大堰副魚道遡上量調査:1のコメント(再掲)
2018年秋のダム放流が多く、栄養塩が大量に海に流れて、植物プランクトンの繁殖量が大量で、動物プランクトンの繁殖量が多く、稚鮎の胃袋を満たし、稚鮎の生存率の著しい低下はないのでは、と、妄想していたが。
そして、房総以西の太平洋側の海アユの産卵時期が、学者先生の10月、11月説とは違い、11月、12月であるから、ダム放流の濁りが産着卵に付着して、ふ化率の低下も生じていないのでは、と妄想していたが。
4月始めの暖かい日、寒川の堰下流側には、100羽を超えるのではないかと思うサギがお食事中、河原には食後の休憩をしている鷺も100羽を超えるのでは。
鵜は、堰のコンクリートの上に2羽だけ。鵜の食堂はどこかなあ。
4月21日、新昭和橋下流に3羽の鵜と2羽の鷺。昭和橋からは捕食者は見えず。水の中には鯉が数匹見えるだけ。
4月23日、相模大堰界隈には鵜も鷺も見えず。朝、鵜駆除の鉄砲打ちがあったとのこと。
磯部の堰を見に行っても、遡上アユが見えないでしょうから、またの機会にしましょう。
2018年の遡上量は、適切な数量かなあ。
カメラ利用の判定ではなく、目視による調査であるから、調査員が変わったことによる不具合が発生していないのかなあ。
魚道を飛び跳ねる遡上アユは、群れで遡上するから、カウントする作業は容易ではないのではないかなあ。
門沢橋や三川合流点付近を釣り場にしている人の話では、アユの量が特別多いとは思えなかった、アユは小さい、と。小さいアユは、三川合流点界隈も1番上りや2番上りが途中下車をしたくなる石が詰まった川相ではないから理解できる。
数が特別多いとはいえない、ということは、相模大堰副魚道での遡上量数が、4千万以上とはいえないかも。
磯部の堰下流のコロガシの状況を1回だけ見に行った。
3人が瀬に入っていたが、釣れず。腕の問題?それとも?もちろん、ビール持参でなかったから、短時間しか、見ていなかったが。雄物川さんらが、磯部の堰下流に行ってくれたら、遡上量の状況を釣り人の立場で考えることができるのになあ。
雄物川さんらが竿を出していた妻田の堰上流は、遡上アユが少しはいたよう。1番上りではないが。アユのお裾分けが野菜に代わることは多くはなかったようであるが。
鮎見橋のブロックを積み上げた魚道を2番上りや3番上りが少しは遡上出来たかも。田圃に水を取る頃に、水量が減り、ブロックの滝を登ることができたのかなあ。
丼大王のつまみとなる海藻等の磯の恵みが、海水温が高く、僅少であることが、稚鮎の生存率に影響しているのか、影響していないのか。学者先生は、海水温が高いと、捕食者が多く、稚鮎の遡上量は減少すると、書いているが。
どのような捕食者を想定しているのか、どのような観察をしたのか、説明はないが。
6月1日 中津川
遡上アユは、磯部の堰を遡上できない、鮎見橋を遡上出来ない、仮に鮎見橋を遡上出来ても、才戸橋は遡上出来ない。
ということで、中津川にいるアユは、県産のF2かF1と、海産畜養のよう。
それでも、去年よりはまし。去年は、県産種苗は放流後に死に、沖取り海産の直放流だけ。いや寒川の堰での汲み上げ放流も行われたようであるが、量は少ないのでは。
葉山、大島にはどこかの継代人工も放流されたようであるが。
あんよの練習をかねて、海底(おぞこ)に行きましょう。F1かF2は、上流に移動する能力を持ち、また、継代人工と違って、瀬を泳ぐ能力も持っている。
したがって、放流地点の角田大橋付近にこだわらなくても運がよければ釣れるはず。
海底に転がっていた数個の大石が埋まってから何年になるのかなあ。波立ちのあるところとはいえ、どの程度石があるのかなあ。
11歳、10歳は、F1かF2。16歳の二匹は、背びれの形状が帆掛け舟ではないが、頭側の長さとしっぽ側の長さの差が小さい、よって、海産畜養ともいえない。継代をどの程度重ねているのかなあ。まだ、3代目とかの状況ではないかなあ。
四匹が釣れたのは釣り始めて30分ほどのこと。その後はさっぱり。囮屋さんに、「ぼけっと煙草を吸ってるんじゃないよ」との短冊がかかっていたが、オラのことを言っているのでしょう。ちこちゃんに怒られますなあ。
とはいえ、何年振りかの解禁日ボウズではないから、堂々とビールを呑みましょう。いっぱい水の中を歩いたから、朝帰りをしましょう。
つかれたあ。
明日は、川を歩けるのかなあ。
6月2日 相模川
高田橋は、体験放流の時のF1かF2が、上流に泳いだあと、堰下流に溜まって、食堂を求めてあっちこっち歩いているのか、魚道を上ったのか、気になるが、弁天へ。
流量が多く、流れが強く、玉引きする場所が増えている。左岸側は、中州を歩いて瀬落ちの方に歩くことができなくなっている。瀬肩上流で右岸側に渡れば、楽に下流への移動ができ、また、瀬脇に玉なしで囮を入れることができるが。
瀬肩上流の皆さんが鼻歌交じりで渡るところとはいえ、オラには難行苦行になる。
根掛かりが幸運にも外れたから、止めましょう。
高田橋に移動。
橋上流に瀬はない、ザラ瀬、チャラ瀬が主体。堰下流のトロにどの程度石が出ているのかなあ。
橋下流の流し釣りの人のすぐ上流へ。
この少し沖には石が入れられているが、その少し手前に。
ぼおっと煙草を吸ってるんじゃねえよ といわれましても、暇でるからねえ。
昼前に、囮より小さいあゆみちゃんが釣れたから、ボウズでなくなった。当然、ビールタイムに。
橋脚の基礎に座って、のんびりと皆さんの状況を見ながら、と思えど、座るのに手頃な高さの橋脚が、河原にはないため立ち飲み。
小沢の堰の水の流れるところを広げたため、もう高田橋に瀬が復活することはないでしょうなあ。
大会の時、皆さんは、釣り場に苦労するのではないかなあ。
そのような川相であるから、中津川に通うことになるのでは。
高田橋に移転した囮屋さんで囮を買ったから、弁天でテク2らがどのような釣りをするのか、竿を持たずに眺めることにしましょう。
6月6日 中津川
海底に行くのはしんどいから、壊れ橋上流へ。
1日、壊れ橋上流で、テク1は4匹、孫殿は3匹で、午後は送電線下に移動している。ジージーの貫禄を見せたようで。
とはいえ、送電線下に入った午後は、孫殿は元気溌剌であるが、ジージーはお休み時間が長かったのでは。2人で20匹以上とは、孫殿と勝負をすることは止めておきましょう。
目出度く出家できたら、孫殿達がアユなし川にしたから、と言い訳をしましょう。
ぼけっと煙草を吸ってんじゃないよ、と、チコちゃんに叱られる展開。釣れるのはエビだけ。
しかし、ボウズになったら、どんな悪評を立てられるか、乙姫さんは気にして、小学生2匹。
よねさん、ビールをありがとう。ビールは旨いなあ。気温は30度になったのかなあ。
少しは元気が出て、午後は角田大橋上流へ。
乙姫さまは、悪のりするんじゃねえよ、ということで、ボウズ。
6月13日 中津川
天気晴朗、もし、遡上アユが川に満ち満ちておれば、縄張りを形成したアユが、さらば状態でうはうはになるでしょうに。
しかし、縄張りを形成しなくても、どこでも、食糧が手に入る密度ではなあ。何日、雨で川は休んでいるのかなあ。
よねさんは、田代へ。オラも田代へ。
車止め界隈に竿2,3本分間隔で6人入っているが、1人が小学生か、幼児をだっこしただけ。田代のメインどおりに移動したが、釣れている人はいるのかなあ。
よねさんは、田代の瀬落ち上流に瀬に入っていたが、釣れたのかなあ。
まあ、目出度く出家したが、風で竿操作ができなかったから、ということにしておきましょう。
田辺聖子「姥ざかり花の旅笠――小田宅子の『東路日記』」(集英社文庫)
高倉健さんの5代前のババさんたちの行動力が、おらの夢。
健さんの希望で、5代前のババさん・宅子(いえこ)さんの東路日記を現代人も読めるようにした田辺聖子「姥ざかり 花の旅笠――小田宅子の『東路日記』」(集英社文庫)
ババ様達は、筑前からお伊勢参りに。
ついでに善光寺詣で。ついでに江戸へ。
往来手形を持っていないババ様達は、箱根の関、新居関を回避するため、神奈川宿を出た後、金沢八景、鎌倉、遊行寺から厚木へ。
年坂の関、番所に見つからないように、夜、桂川を渡り、甲州街道の小原宿へ。
諏訪から高遠、秋葉道を歩いて秋葉神社へ。鳳来寺にも詣でて御油で東海道に。
有松を、京を、大阪を愉しみ、帰りは大坂から舟に。
往路、明石では亀屋に泊まる。亀屋は、人丸山の下で、西坂から少し入った所にあった亀屋旅館かなあ。
人丸山(柿本人麻呂神社)で,宅子さんは、
敷島の道にをぐらき身にしあれば 明石の宮をたヾたのむかな
久子さんは、忠度の墓に詣でたときに、
花よりも匂ひふかめてさゝなみや 滋賀のみやこにのこる言の葉
忠度の墓と、忠度塚の石碑は、同じ場所かなあ。それとも、忠度の墓は、人丸山の下の墓地の中にあるのかなあ。
帰り、明石の港で風待をしたときに、宅子さんは、
ほとゝぎすいくよ明石にとまるとも きかずばい出じうらのひと声
桂へ 桂へ と、サボリーマンもなびく
6月8日 サボZ
今日はお疲れ様でした。
型は今一歩でも、数が上がったので、良かったのではないですか?
今年の桂川は、放流時点での降雨により、垢付きが悪く、鮎の成長も少し遅れているようです。
又、場所ムラもあり、地元の場所に精通した人は、それなりに釣っているようです。
しかし、桂川のポテンシャルは非常に高く、時期が来れば20センチオーバーが期待出来ると思います。
ところで、四方津下とは、川合橋に入ったのですか?
6月8日 サボM
午前、鶴川の漁協上流域でサボT 10本、サボM 18本
午後から桂川の四方津下でサボT 7本、サボM 3本でした。
合計、サボT 17本、サボM 21本でした。
鮎は痩せていて型も12~16㎝でちっさいです。
冷水病の鮎数匹混じりました。
ウーン、桂川も今一ですね。
丼大王は、東伊豆の小川から出ないしなあ。
狩野川の遡上量が少ないのかなあ。年券にするか、日釣り券にするか、大井川次第かなあ。
大井川は、河口産が採捕されているから、去年よりは溯上あゆみちゃんがだっこできる環境にあるのでは。
6月18日 相模川
先日、高田橋や弁天をエリアとする大会で、30匹?ほどが釣れていたとの話。
相模川で、メーカーの大会が行われるようになった20世紀の終わり頃の話。
永井さんは、秋川の群れアユ崩しを二回戦で禁止された。
群れアユ崩しは、鉤素を長くしたチラシで、囮を錘のような機能で使う釣り方。
永井さんは、友釣りでなく、コロガシと表現したか、ヒッカケ?と表現したか、覚えていないが。この釣り方は、狩野川でも行う人がいたとのこと。
ということで、相模川や中津川で、今年、30,40匹を釣ったという話を聞くと、群れアユ崩しと永井さんを思い出す。
思い出にふけるということは、弁天でボウズですなあ。
同年配位の人は、かっては三面川や胎内川等にいっていた。今は、魚野川とのこと。魚野川と、三面川では、相当の距離の違いがあるとはいえ、高速道で行けるから、昔と比べると楽とは思うが。
荒川の馬力のある乙女の話をすると、荒川に予定していたら、豪雨に邪魔されて、行っていないとのこと。
先日、釣り道具の貸し出しも行われた初心者講習会で、ボウズはいなかったとの話。しかも風が強く、よく竿操作ができたなあ。
初心者がボウズでないのに、オラがボウズとはこれ如何に。
先日のダム放流で、40センチ位の増水であったが、濁り水でグラインダーをかけたように、アカが削られたということにしておきましょう。
16日?、何年振りかで、のっぽさんに会った。のっぽさんは、桂川に行ったが、増水と濁りで、高田橋にやって来た。まだ、8時。何と元気なことでしょう。
のっぽさんは、今年から友区になった昭和橋下流、相模川漁協管轄の磯部の堰下流、座架江橋上流に行った。
遡上アユは、小中学生であっても、元気溌剌、瀬を泳いでくれた、と。
囮をルアーで採捕したかどうか、聞いたものの、忘れた。
むさ苦しいおじさま達、磯部の堰下流に様子を見に行きましょうよう。ルアーでの囮採捕ではなく、囮をもって。
6月21日 相模川
神奈川県内水面試験場の鮎しか、磯部の堰上流、鮎見橋の堰上流にはいないから、どこに行っても小学生だけ。いや、中津川には、寒川の堰での汲み上げ放流もいるが。
ボウズになるには、場所を選ぶこともあるまい。それに風が吹くとの予報であるから、楽をしましょう。
弁天の瀬肩へ。
昨日の大会で、ごちゃごちゃ歩き回られて、食事が十分でない小学生がいるかも。また、アカ付きが十分でないかも。
小学生相手に、そんなことを考えても意味ないなあ。
今日も何年振りかの釣り人に会った。その人は、瀬肩を立ち込んで、回れ右をしたり、あゆみちゃんの居所を真面目に探索している。
オラは、転んでも川流れにならない場所を数メートル動くだけ。
あら、釣れた。ボウズでないわ。
風がやっと吹いたのは、昼前。3匹の小学生とは大量ですなあ。
神奈川県内水面試験場は、なんで小学生の種苗しか生産できないのかなあ。
今年放流のF2は、11月1日採卵との説明書きから、房総以西の太平洋側の海アユであれば、1番上りになる資格を持つ稚鮎ですがねえ。
内水面試験場は、井戸水を使用しているから、水温が低く、大きく育たない、と。
ほんまでっかいな。
その施設が、原当麻にある施設とすれば、
① 井戸を何本掘っても、地下水がでず、濾過、循環をしていると思う。そのため、黄色く濁った富腐水水。
② 水温が低いから育たない?むしろ、地下水であるから、生存限界以下の水温に低下しないように、暖房?をしなくてもよいのでは。
③ 養魚場は、地下水、伏流水を利用して、F1なり、海産畜養をしているのではないでしょうかねえ。
④ 1985年頃、群馬県で、次いで神奈川県で、継代人工の生産が始まり、F1の生産よりも人間が管理しやすくなり、30ウン代で、神奈川県の継代人工が廃嫡になるまでの稚鮎の育て方をF1にも適用していることが、小学生しか生産できないのでは、と勘ぐっているが。まだ、再質問への県の回答はないから、どうなることやら。
原当麻の施設が地下水豊富との回答は、ご自分の運営する施設すら、現地を見ていない、ということは、明白ですなあ。
さて、「女性鮎釣り師 釣行日記」に、大井川支流の伊久美川の6月15日の豊漁の時の写真が掲載されている。
伊久美川は、堰があり、遡上鮎はいないはず。海産馴致等の人間の手で育てられた鮎が主体。河口産もいるかも。
セクハラ対象のねえちゃんに、「女性鮎釣り師 釣行日記」掲載の写真を見せた。女子高生の大きさの鮎にびっくりしていた。
内水面試験場の方は、そのねえちゃんの驚きすら、持ち合わせていないということかなあ。それでは、まともな種苗生産に必要な要件にたどりつくことはないかも。
なお、ねえちゃんは、ワカサギの産卵時期が、2回になった現象を話された。
津久井湖から、ダム放流で流れてきた大きいワカサギを昭和の終わり頃に、弁天で釣ったことしかワカサギとのつきあいのないオラが、ワカサギの産卵について云々すると、内水面試験場の方と、同じ穴の狢になりますなあ。
とはいえ、2回の時期を分けた産卵現象には興味があるが。
6月25日 相模川
久しぶりにお天道様の下で過ごせるとはいえ、ボウズになること変わりなし、となれば、何処でも良かろう。
弁天の瀬肩へ。小学生3匹。
それでも、同年配の人が、ニゴイに仕掛けを持って行かれたよりもよかろう。
また、何年振りかで会った人とお話をし、やっとお昼。ビールは旨いのになあ。
ぼけっと煙草を吸ってるんじゃないよ、 と、チコちゃんに怒られる情景に、嘆き節。もう、胸ときめくあゆみちゃんとの逢い引きは、夢、幻かなあ。
H・P「女性鮎釣り師」さんの伊久美川での幸せで、桂川以外にもパラダイスがあるよ、と、しょぼくれた方々を誘惑しているんですがねえ。
家山の宿が廃業していなければ、大井川の溯上あゆみちゃんをナンパしょうと、出かける勇気が湧くんですがねえ。
何年振りかで会った人は、大会下見にやって来たというのに、川に入ろうとはしない。数人のジジーとお話をするだけ。あなわびし
6月30日 中津川
昨晩の天気予報は、朝には雨は上がり、気温は30度になると。
しかし、雨は上がらず、気温も上がらず。昨日の朝の天気予報を信用して、ワンカップを持ってくればよかったなあ。
数日前、角田大橋下流、トロに放流された。仮にそれが海産畜養としても、すでに遡上性向がある成長段階を過ぎているから、今年放流された県産F2のように、1キロか2キロ上流へと移動することはなかろう。
放流地点界隈にアユがいるでしょう。
とはいえ、石はないなあ。しかも、川相が勝れている環境ではないのに、10人ほどが入っている。
宮ヶ瀬ダムがなかった時は、頭大の石がびっしり詰まり、一抱えある石も転がっていたのになあ。
昔はよかった、と、嘆きながら、時間が経過するのを待つしかない。砂利の中に囮を。囮が急に動いた。鯉が見えた。鯉に反応したとは考えにくいが。こんな変化が唯一の慰めですなあ。
ドラえもんおじさんは、砂利の中の石についている鮎は、勝負が早い、と話されたことがあったが、その石が、半分埋まった頭大の石が、申し訳程度に点在しているところでは、「勝負」になることもなかろう。
ぼけえっと 煙草をすっているんじゃねえ、と、怒られる素材が品切れに。益々暇に。
去年、おちゃんが、検量一番、とでっかい顔をしていたが、それを真似ようかなあ。
おちゃんは、合羽を忘れていた。合羽を着ていても寒い雨の中、「検量1番」となっているのかなあ。田代に行ったと思うから、F2と遊んでいるのかなあ。先日放流の「海産畜養」といわれているアユと戯れているのかなあ。
8時頃、動いている鮎が見える。下流のチャラへと放流地点から移動して、瀬へと動いているのかなあ。
差し鮎、出アユでの思い出は、大井川に。瀬肩近くのオラの前を出アユが帯になってくだっていく。瀬の中間附近のテク3が入れ掛かりに。オラは暇人であるのに。
差し鮎、出アユは、その集団が掛かるのではなく、居付きの鮎が興奮状態となり、掛かる、との話もあったが。居付きの鮎がナワバリを侵害されたから、興奮している、と考える方が何となく、論理的のようではあるが。まあ、丼大王と狩野川で会うことがあれば、聞いてみましょう。
2匹の小中学生。ボウズでないとは奇跡ですなあ。背びれの形状は、頭側がしっぽ側よりも少し長いとはいえ、丼大王が東伊豆の小川でだっこしている「遡上鮎」とは違い、しっぽ側の長さが長いなあ。継代人工の「帆掛け舟」ではないが。
昼、多くの皆さんは、田代へとなびくよう。テク1は、角田大橋すぐ下流の釣り方を教えてくれたが、癖のある操作、立ち位置の選択はオラにはできませえん。
海底(おぞこ)では、まともな流れの名残があり、一応、囮操作をしている、という感じになることができる。
しかし、ボウズ。釣り人道を歩いて、道に出ようとしたが、棘のある茨を我慢して歩いたが、迷い子になりそう。ここで、迷い子になって、「遭難」となれば、前代未聞の椿事でしょうなあ。
やっと、水のあるところに戻り、少し下流の別の釣り人道へ。
「少年」は、ボウズでなかった。
ダムがなかった頃の愛川橋上流、豪雨の時は、大石がごろごろと音を立てて転がり、恐怖を感じていたという頃の湖産放流全盛時代。お父さんが、高校生の面倒を見ていた。
お父さんは、かけることはできるが、取り込みができない、と笑顔で話されていた。その高校生よりも若いのでは。
テク1の孫殿は、この間沢で山女魚をだっこしても速報流。それを見ていた老人が、くれ、というと、あげているのに、費用負担者のジージーが食べるから逃がすな、といっても、聞く耳を持たず、とのこと。
山女魚と鮎の年券が別々であるとは、知らなかった。
湖産放流全盛時代の酒匂川で、ご夫婦でよく見かける奥さんを30年振り位で見ることが出来た。
むかし、むかしと、話すのが、ジジーの特権と思い、許してたもれ。
7月11日 中津川
雨こんこんを理由として、水の中でのあんよの練習をサボっていたが、明日からまた雨のよう。あんまりサボっていると、あんよが益々弱るよ。
ということで、中津川へ。
角田大橋の上流にするか、下流にするか。
少し増水している。濁りはなし。増水で、上下とも、よき瀬になっている。上流側に入る。
囮は元気であるが、釣れませんなあ。まあ、釣れなくても恥ずかしくないからなあ。
二時間ほどは川の中にいた。少し早いが、ビールタイムに。
平成の初め頃かなあ。コンビニが都会にしかなかった頃、田代の食堂で、10年ほど寝かしたウルカを食べた。
その話を囮屋のばあちゃんにしたら、ウルカを作っている、と。10年位寝かせたウルカは、別の冷蔵庫にあるが、寝かせた期間が短いウルカは、そこの冷蔵庫にある、と。
ということで、20年振りぐらいでウルカを食した。ウルカは長期間、寝かせた方が味が良くなるよう。
バスから降りるとき、クーラーを忘れた。女子高生が気がついてくれて。
ということで、ボウズであっても,気持ちよい半日でした。
なお、絞めた鮎を干物にするときは、塩のほかに、酢も入れるとのこと。
ただ、このあたりのことは、適切に覚えている,理解できているとはとはいえないが。なにしろ、あゆみちゃんのナンパ以上に料理はヘボですからねえ。
7月26日 中津川
雨こんこんか、ボウズか。この二者択一の生活が終わることはないのかなあ。
また明日から雨こんこんかも。30度に上昇した気温に少しは慣れたかも。あんよの練習をしないとなあ。
角田大橋上流は、昨日、継代人工?の成魚放流が行われたから、ボウズは恥ずかしいなあ。ということで、ボウズは当たり前の橋下流側に入る。
橋から見た情景よりは、流れの筋が多い。どの筋が活きた流れか、また、あゆみちゃんがついているかは、テク1やよねさんでないとわかりませんなあ。
トラックで運ばれてきたアユが多ければ、川見ができなくても、流れの筋の川見ができなくても、ボウズになることはないかも。
掛かった。しかも、女子高生。相模、中津では何年ぶりの女子高生かなあ。
次は、番茶も出花娘。また番茶も出花娘。
背びれの形状は、頭側が、しっぽ側より少し長い。県産のF2でしょう。どこに放流されたものかなあ。
継代人工の成魚放流は、根掛かり。はずせたが、根掛かり外しの金具が、鼻環に掛かり、さようなら。また、番茶も出花娘ではないかと思えるあゆみちゃん1人は、腕力が、「加齢の証明」現象でもたもたしていて、バレた。
ということで、3匹を囮屋さんで計測。
残念、番茶も出花娘ではなく、18歳の女子高生であった。
県産の稚鮎の育て方が適切でなく、5月連休でも小学1年生位の大きさであったのに、優良児には女子高生の大きさに育つものもいるということのよう。
かさんは、田代の下瀬で、落ち込みを回避するため、丼覚悟で抜いたのが22歳乙女とのこと。
丼大王は、東伊豆の小川で、20歳番茶も出花では、と、計測するも、数ミリ足らず。
オラよりも大きいのに、不満足とは、贅沢ですなあ。
故松沢さんは、オラが、22歳乙女では、と喜んでテントに戻ってくると、計測して、番茶も出花娘の大きさ。
オラが、がっかりしていると、トンカチで伸ばしたろか、と。
故松沢さんは、一目見た時に、乙女の大きさではないと判断されていたのでは。
当然、遡上鮎のお話であるが。
高原古書店が、閉店。
故松沢さんは、「学者先生はそういうが」の枕詞の後、学者先生の観察の間違いを話してくれた。
それで、まともなあゆみちゃんの生活誌を調査、観察している本を探すことになった。
「アユの博物誌」,「曖昧の生態学」,「生態学の大きな話」、「偏見の生態学」、「日本の淡水生物 侵略と攪乱の生態学」、「イワナとヤマメ」等。
「河口堰」、「ダム湖・ダム河川の生態系と管理」等。
「鮎に憑かれて六十年」,「仁淀川川漁師秘伝 弥太さんの自慢ばなし」、竹内さんの「あゆ」等。「猿猴川に死す」、「釣聖恩田俊雄」、「釣師・釣場」、「釣の風土記」、「万サと長良川」、「日本の川を旅する」、「江の川物語」,「川釣り礼讃」、「垢石釣游記」、「多摩川に100万匹の鮎が帰ってきた」等。
その他の本を含めて、高原古書店で見つけた本は多い。
高原古書店がなければ、「学者先生はそういうが」の反論を身につけることはできなかったかも。
神保町に一軒、上記のジャンルと同様の本を揃えているところはあるが、たまにしか行けないからなあ。
高原古書店で、最後に買った本は、白州正子「私の百人一首」。白須さんの著作が、棚一段に並べられていることもあったが、花より酒のオラには、手が出しにくかった。
なお、丼大王の松下の瀬の結果は、
意見・感想=丼大王行状記→2019年→7月21日へ
「他のファイル」へのリンクは、ときどき操作を誤って、とんでもない事態を引き起こすので、当分避けます。
7月30日 中津川
やっと、気温30度に馴れたのに、35度に馴れなければならないとはなあ。
水分、塩分の補給は、熱中症対応の必要条件ではあっても、十分条件でないことは、ことにジジーには「絶対」に忘れてはならないことは、酒匂川で、96歳のばあちゃんに面倒を見てもらったときに、骨身にしみている。
とはいえ、石のところを歩くだけでも、いつすっころぶか、不安定なあんよの「加齢の証明」現象の発育を抑える動作も必要ですからねえ。
角田大橋下流側で、昨日、よねさんが高校生主体の15匹をにだっこしているから、ボウズもありますなあ。
オラなら、「場所守ご苦労さん」と感謝されるが、よねさんは、そんな「じひ」とは無縁の釣り人ですからなあ。
5月の内水面祭りのときに、内水面試験場の水槽にいた5,6歳の幼児が大きく育たない状態で釣れた。
前回は、その稚魚の育て方が適切ではなく、11月1日採卵=1番上りの素質があるのに、5月になっても幼児である育て方でも女子高生には育っているものもいることにちょっぴり安心したが。
内水面試験場は、原当麻の施設が、井戸水を多量に使い、水温が低いから、大きくならない、と回答してきた。よくも、こんな嘘がつけるなあ。何本井戸を掘っても、水は出ず、濾過循環をしているため、富腐水水であることすら、知らないとは。
まあ、これらの反論への回答は、今だにないが。
お次は吸盤ボウイ。そしてハヤ。両方とも、大人に成長しているが。
ハヤに吸盤ボウイはなんで、絶滅危惧種並に激減したのかなあ。平成の初め頃までは、ヤマベ、スナモグリを含めてヘボのお相手をしてくれたのになあ。
川那部先生は、コケ食堂の先客のハヤは、あゆみちゃんに追い出される、と。
吸盤ボウイは、ハヤと違い、コケ食堂でしか,食糧調達ができない。
とすると、吸盤ボウイは、生涯を通して食糧敵になる。その争いはいかに?
川那部先生は、宮崎県の川漁師に尋ねられた。
川漁師はすでに、「実験」をしていた。吸盤ボウイの吸盤を切り取り、囮にすると、あゆみちゃんが釣れた、と。
この話は、「故松沢さんの思い出」の何年頃に紹介したかなあ。
高原古書店が閉店したから、もう、このような愉しくなることが書かれた本に出会えることもできないなあ。
ビールタイムまでに時間はたっぷり。
仕方ない、橋の影で、お天道様を避けましょう。日陰は楽ですなあ。身体慣らしの場所にはうってつけですなあ。
ビールを愉しく飲み終えた。釣り人道が消滅し、水のところに出るのに蘆コギをし、オラには歩くことすらままならぬ膝位の水深があり、流れのあるヘチを歩いた人が釣ってきたあゆみちゃんは、番茶も出花娘に乙女が混じっているかも、という大きさを揃えて10匹を超えているかも。
テク2らは、石切場に放流された県産種苗のF2の小中学生しかいない弁天を見捨てて、数は少ないものの、汲み上げ放流,海産畜養のいる半原で、女子高生や番茶も出花娘,時には乙女をだっこしているのかなあ。
8月1日 中津川
海産畜養が放流されて、繁盛しているところもあるよう。愛川橋下流は、草むらで、ヒル、ヘビがあゆみちゃんを守っているとの話も。
平山橋に出かけるよりも、角田大橋下流の方が、オラには似合ってますなあ。
またもや、よねさんが、10匹釣ったとはいえ、楽なところの方がボデーには良いからなあ。もう、35度の気温に馴れる、なんて、身体能力はないかも。
下流側には、前々回も入っていた人が。水深があるから、オラには無理ですなあ。
まず、吸盤ボウイの子供。前回が吸盤ボウイの親であったから、この界隈に、吸盤ボウイのコロニーがあるのかなあ。
高校生。これでボウズはなくなった。背びれの形状は、頭側がしっぽ側よりも長い。
しかし、下顎側線孔数は、4対左右対称ではない。これで、F1と、また。海産畜養と識別ができるかも。もっとも、下顎側線孔数、配列が「乱れる」といっても、「乱れない」現象を含んでるから、「絶対」の指標ではないが。
海産畜養が放流されたとはいえ、すでに、遡上性向のある成長段階ではなく、定住生活を送る成長段階であるから、放流地点界隈に住むでしょう。
橋の下は涼しい風が吹き、また、お天道様が照りつけないから、気持ちええなあ。ついでにあゆみちゃんがいてくれたら、天国ですが。
8月4日 中津川
昨日、9時頃の田代は、10人ほど。もう、フィーバーは終わったのかなあ。いや、そうでもないよう。夕方の方が釣れるという話もあるから、出足が遅いのかなあ。
大漁の人が今日もいらっしゃるが。
新旧平山橋に3人。釣れたのかなあ。
海底に1人。10匹。
お天道様、もう、35度の気温になれるようにするなんて、不遜なことはいいません。どうか、少し活動を控えていただけないでしょうか。
よねさんと同伴出勤。妙齢のねえちゃんと同伴出勤なら、ハートときめくのになあ。
角田大橋下流へ。オラの下流側に1人。よねさんは、その人の下流側に移ってきた。
そして、すぐにだっこ。3人だっこしたのは見たが。
かわいそうなのは、オラの下流側の人。当てつけのように釣られては、逃げ出すしかないなあ。オラの上流側に移ったため、おかげで、橋の下で、お日様を避けようとのオラのもくろみは、消え去った。
ボウズで、二時間ほどでオラも退散。
橋のところのヘチで、幼児が、小さい、目の細かい網で、ヘチの水をすくい、1センチあるかなしかの稚魚を捕っている。ということは、ハヤの稚魚かなあ。もしそうであれば、大きく育ったハヤもいることになるが。なんで、大きく育ったハヤがいない,少ないのかなあ、と気になるが。
仕事を終えたかさんがやってきた。
一体、今日は何匹釣るのかなあ。30匹も釣られると、迷惑なんですがねえ。
そんなことはないよ、おまんでは手も足もでんところのあゆみちゃんを釣るから、と、思っているんでしょうなあ。
新旧平山橋の川相は、あゆみちゃんの生活空間として、最適とのこと。
よねさんは、仙台堰下流にも行ったようで、15匹。
かさんは、水遊び、バーベギューで大混雑ではないかと思う田代に行き、14匹のよう。まあ、このような方々と張り合おうなんて、不遜なことをせずに、熱中症にならんように、気をつけながら川に浸かりましょう。
8月6日 中津川
角田大橋下流は,運が良ければあゆみちゃんと逢い引きが出来る、橋下の日陰がある、とぼとぼと道を歩かなくてもよい、と、ええことずくめですなあ。ぐうたらジジーに最適の釣り場ですなあ。
ハヤの子供が掛かっただけ。いや、高校生?が掛かったが、迅速に抜くことができずバレた。最後は日陰でビールタイムまで優雅に過ごしましょう。
橋の日陰で、ぴょこぴょこ跳ねる鮎が気になる。
幸い、橋上流の釣り人は近くにいないから、橋直下に囮を入れる立ち位置に入る。
釣れた。背びれの形状は、頭側が長く、しっぽ側が短い。下顎側線孔数は、4対左右対称。海産畜養の17歳高校生。
海産畜養が、なんで日陰にたむろしているのかなあ。
囮屋さんは、夕方等に、多くの鮎が跳ねている、虫を食べるのでは、と。
高田橋の右岸側から、雄物川さんは、夜明け頃にドブ釣りをしていた。
街路灯に集まる虫が水面に落ち、それをアユが食べている、そのアユを毛針で騙している、と。
まともな大きさのアユがいなくなり、また、右岸の足場が、草ボウボウ等になり、雄物川さんのドブ釣りが消えて、何年になるかなあ。
雄物川さんは、中津川の妻田の堰上流、才戸橋下流の自由区には行っている。最上川さんもいっているが、木陰で麻雀をする時間の方が長いとのこと。
先日、友釣りの人が、22歳乙女をだっこした。囮の提供者である雄物川さんがもらった。
鮎見橋の、短い階段状の魚道の下流側にブロックを積み重ねて、段差を小さくしているところを遡上する鮎はゼロではないよう。
大井川の濁りが異常なよう。
長島ダムがなかった時は、ダム放流が収まると、笹間ダムの水を使っている川口発電所下流はまっききの濁り水。その上流の大井川鐵道から見える大和田の水は濁りなし、の情景であった。
長島ダムが出来てからもこの構図は変わらず。数日、濁りがとれるまで時間がかかるようになったかもしれないが。
現在の駿遠橋は、平水か、10センチほどの増水に過ぎない。それでも、まだ濁りがあるとは、どんな変化が大井川流域に生じているのかなあ。
そして、遡上アユがいるというのに、濁りが長く続いて、あゆみちゃんは食糧不足で痩せているのかなあ。成長できているのかなあ。
まあ、笹間渡の囮屋さんが、通院生活ではあるとはいえ、入院生活ではないから、しつこく電話をしましょう。
8月8日 大井川
駿遠橋の水位は、10センチ高というか、平水。当然、濁りはないはず。
しかし、濁っているとの話がある。
見に行くしかないなあ。
半ズボンに鮎足袋の昭和終わり頃の最新のファッションであれば、鮎バックではなく、ザックで対応できる。駅まで歩ける。
何が、最新のファッション?
半跏のわらじではなく、鮎足袋であるから。嘘つけ、もう半跏のわらじなんて人はいなかった、ゲートルの人は少しいたが、タイツを使ってた。
まあ、そうおっしゃらずに。
久しぶりの新幹線。切符が小さくなっているなあ。こだまは、小田原7時過ぎ発車といえども、始発であるから、ほぼ満席。こだまを抜いていく電車は何台あるのかなあ。こだまの新幹線代を安くしてくれないかなあ。
喫煙室は、利用者が多く、とても利用できる容量ではないから、煙草は諦めましょう。
大井川鐵道の乗客は多いなあ。
以前は、数人が通常の状態。関西からやって来た若者が、金谷に停まっていた電車を見て、近鉄の何々線で走っていた内々や,と大喜びをしていたことがあったなあ。
乗客には、その頃の乗り鉄の若者がおっさんになったような年頃の人から幼児まで、いや、年寄りも。
トーマスやジェームスは、時刻表には掲載されなくなった特別の汽車になったようで。
何年前かなあ、子供たちが、トーマスが来た、と叫んでいた。トーマスなんて知らんから、撮り鉄、乗り鉄が集まる笹間渡の食堂の人に聞くと、問い合わせてくれた。
まだ、交渉中状態であったのか、トーマスをおおっぴらに話せない雰囲気の状態のよう。
時刻表に載るようになったが、今は、時刻表に載らない特別の観光列車のよう。
大和田駅にぶつかる流れがなくなっている。大石も。河床がどの位、上昇したのかなあ。相当量の伏流水が、その下流を流れている。濁りを嫌って、その伏流水に入ったあゆみちゃんは、砂利しかなく、食糧のない環境に気がついたとき、どのような行動をするのかなあ。
かっては、川口発電所の水が入らない大和田では、濁りがなかった。神座や、東海道線から見た濁り水とは大違い。
その状景が変わった、というか、大井川の水がなくなっている。
しかも、川口発電所下流の青っぽい色の濁りと同じ程度の濁りの水が、流れている。
長島ダムが、濁りのない表層水ではなく、まだ濁りのある層の水を流しているということかなあ。
とはいえ、この濁りでは釣りはできる。
しかし、笹間渡の鉄橋を渡るとき、砂利が石を埋めているのでは、と思える情景に。
鉄橋上流右岸の大石が一つしか見えない。温泉下流の瀬は、波立ちすらない。
発電所廃屋前の瀬の石は、埋まってはいないとは思うが、昭和の終わり頃の最新ファッションといえども、二回の流れを渡ることは、「加齢の証明」現象が多々出現しているジジーは避けた方が無難。
囮屋さんに行く。
囮屋さんの話どおり、餌をやっている水槽の鮎は、蓋を開けると勢いよく泳ぎまわった。
ただ、お金の支払い方法等が書かれた案内の紙がない。
誰かにはがされたのかなあ。
いずれにしても、囮屋さんが不在の時でも、囮に不自由しないことが確認できた。
ヘチを見ようと歩いていると、河原にダンプを誘導する人が、入るな、と。「村の市」の所には、人が作った階段状というか、坂道が作られていた。その道がなくなっている。温泉の所まで行けば、コンクリート階段はあるが、ヘチを見るためにそんなに歩きたくはない。
頑張っている「村の市」を見学し、少しおやつになるものを買って温泉へ。
汽車を温泉からではなく、鉄橋の所から見て、笹間渡駅へ。
一時間以上待ち時間がある。汽車に乗るには、さらに30分ほど。汽車は、大入り満員状態で多くの乗客が手を振っていたから、汽車でないほうがよいでしょう。
「駅中」の喫茶店へ。
「駅中」といっても、都会の「駅中」とは似ても似つかない「駅中」喫茶店。
メニューを見てもさっぱり見当のつかないコーヒー。水分補給をかねて、アイスコーヒーを。これだけはオラでもどんなコーヒーか、見当がつく。
味音痴のオラでも、煙草の吸える喫茶店や、コンビニのコーヒーとは全く違うことだけはわかる。
コーヒー関連にうるさいねえちゃんと同伴のときは、ここに連れ込みましょう。
駅前の煙草とビールを売っている店も閉店していなかった。ばあちゃんがいた。今日は、温泉でビールを呑んだから「呑み鉄」はしないが、「呑み鉄」の出来ることも判った。
アッシー君が釣れなくても、電車通勤をすることにしましょう。もう、一度やめたら、二度とボデーは回復しないから。
高倉健さんの5代前のババさんたちを見習いましょう。
8月10日 中津川
お天道様を避けていては、熱中症にならないとはいえ、35度の気温になれることも能わず、のはず。
始めはお天道様の下で竿を出しましょう。橋下流の瀬で、1回バレがあっただけ。もう、6号のハリでは無理かなあ。
だあれもいないから、橋下の日陰へ。橋上流の瀬は数人だけ。
子供のサンダルが数個流れてきたが、田代から流れてきたのかなあ。
やることがないから、ぼけえっと煙草を吸うだけ。残りの本数が少ないなあ。
掛かった。バレたときと違い、馬力がないなあ。ボデーは綺麗であるが、18歳継代人工の成魚放流。橋のところで跳ねている鮎には、継代人工の成魚放流もいるということですなあ。
もう、ビールタイムになっても、恥ずかしくないなあ。
テク2がやって来た。今年はじめて川で会う。
テク2は、葉山、昭和橋に行っているとのこと。半原は、安定していないとの話があったから、半原通いではないよう。葉山は、継代人工の成魚放流が、「大きい」鮎であることは見当がつくが、昭和橋はいかなる氏素性かなあ。まだ、鵜も、サギもたむろしているとのこと。
大井川の濁りは、寸股川の水かも、と。テク2も長雨で食糧不足の水の状態が続いていたことが気になり、大井川に行く機会を窺っていたとのこと。
8月12日 中津川
今日は、ボウズの言い訳に苦労をしない。
昨日、よねさんが角田大橋下流で10匹ほど釣ってしまっているから。
久しぶりの曇り空。
竿にチョウチョウがとまる。オオムラサキか、岐阜蝶か。岐阜蝶は、春先のチョウチョウとのことであるから、オオムラサキではないかなあ。
津久井にオオムラサキが棲息しているとの話があったと思うが。それが、棲息範囲を広げているのかなあ。
なんで、オラの竿が気に入ったのかなあ。竿の色かなあ。
囮屋さんが、塩焼き用の鮎を水槽から取りだすとき、飛び跳ねてとんずらした。崖の所で、それを咥えた者がいる。
ヤマカガシ。ヤマカガシは、アユを咥えて振り回し、殺そうとしている。
囮屋さんは、棒でヤマカガシを退治した。
ビールを呑みながら、その武勇伝から戻ってきた囮屋さんに聞いた話であるから、適切に表現できているとはいえない。あしからず。
オラが、ヤマカガシを見たのは、平成の代が始まった頃の愛川橋。増水後の川をヤマカガシが泳いできた。河原に上がり、大石の隙間に身を隠した。
ダムができてから、河原は石ではなく、草に覆われているから、今ではヤマカガシが身を隠す場所に苦労をしない。
海底からの帰り、釣り人道が途中で途切れていたが、ヤマカガシの危険を考えないけなかったなあ。たまり水もあったからなあ。
身近にヤマカガシがいるなど、想像もしていなかった。
8月21日 中津川
偏光眼鏡を忘れ、半ズボンを忘れる。覚えられない、すぐ忘れる、思い出せない、の3兄弟は順調に成長している。
しかし、何とかなる。
平山橋で1.6mの増水になったとき、角田大橋左岸支流に流速から避難したのか、濁りを嫌ったのか、大勢の鮎が入り込んだとのこと。その鮎は、平水に戻ったとき、本流に戻ったのでは。ということで、合流点の少し下流を右岸側から眺める。
しかし、笹濁りが強くなっていて、ヘチの石しか見えない。その石はアカなし。
平山橋や角田大橋からみたダム放流後の石は、白川状態ではなかったのに。
まあ、砂利が主役の処であるから、グラインダー効果で削られたのかも。
下流へと釣り降り、やっと釣れた。しかし、ハヤ。ハヤ釣り名人になれるかなあ。
竿を畳んでいるとき、濁りが薄くなった。囮は元気溌剌であるが、人間はくたびれたあ。もうビールタイム。
かさんが、盆休みの代休?でやってきた。
川見の練習法を教えてくれたが、ボウズ街道まっしぐらには、釣れた場所を覚えておくように、と、いわれても不可能を強いるもの。
ヘボは、川見ではなく、運で、囮のほったらかし釣りで楽しみなしょう。
かさんが、50匹釣ったことを、中津川にやって来ている人が、今年の中津川で、そんなに釣れるはずがない、ウソ、といったとのこと。
いじめっ子が、相模川で撮影をしていたとき、全然釣れない、それで、養殖を背掛かりにして、瀬に入れて抜いたところを撮影していたと話していた。
そんな「偽装」はしていませんよ。
8月24日 中津川
今日は、ボウズでも恥ずかしくない。丼大王が、松下の瀬でボウズという何年ぶりかの快挙ですから。
角田大橋のすぐ下の人は、釣れない、と移動する。その人は、中津川で、小バリで身切れをしたから、7号か、7.5号にしたが、今度は掛かりすらなかったことがあった、と。
始めから橋のところでは、あんよの練習にならないから、少し水深のある瀬の上流へ。オラには入れない水深のあるところの人はかけたが、バレた。小バリかなあ。
それを眺めながら、オラは、中学生2匹を取りこんだ。
背びれの形状は、頭側が長く、しっぽ側が短いが、下顎側線個数は鮮明ではない。県産種苗のF2でしょう。
ここでの根掛かりは、ズボンであるから、川流れはないとしても、舟に掛かる水圧でも厳しい。
早く橋のところの人は、移動してくれないかなあ。
やっと、川流れの恐怖から解放され、また、小バリにして、温存していた中学生を使う。十分に泳いでくれる。掛かった。18才。しかし、海産畜養の馬力はないなあ。
しかも、囮に使われたことのある継代人工。
中津川の囮屋さんには、この大きさの囮を扱うところはないのでは。そうすると、他の川の囮屋さんで入手したもの?あるいは、継代人工の成魚放流を囮に使い、捨てた?。
テク2は、大井川では、継代人工の囮を川に捨ててくる。
その習慣の人の囮かなあ。
ということで、3匹。久しぶりにボウズではなし。
8月26日 中津川
昨日、馬渡橋の工事が終わってから、初めて見に行った。
橋下流は、大きい石が多数転がっている。田代よりも石の状況は良好。しかし、磨かれた石は殆どなし。にもかかわらず、なんで、時折大漁になっているのかなあ。
まあ、オラには、下流に行くには、中州を歩くしかないが、草ぼうぼう。山蛭もヤマカガシも怖いからなあ。また、右岸側からの釣りはオラには不可能。
囮屋さんで、今年始めて、まちゃんに会った。去年も会っていないかも。
まちゃんは、酒匂川の大口橋で23才を釣ったとのこと。酒匂川漁協は、「大鮎の素」の継代人工も生産しているよう。
まちゃんは、まっちゃんやおちゃんらにしごかれて、昔のまちゃんではないかも。幸い、田代に行ったから、腕の違いを意識しなくてもよいが。
角田大橋下流の棚から始めたが、音沙汰なし。少し食み跡のある石もあるが。橋の近くに移るも、派手な蹴られがあったのみ。ここでは小バリでないと駄目ということかも。
大きい食みあとは、継代人工の成魚放流でしょう。
根掛かりを機にやめたが、またもやボウズ街道まっしぐらに逆戻り。まちゃんが、田代でボウズでなければ、困った立場になるなあ。
今週は、雨如何では、大井川を狙っている。それが実現しない時は、酒匂川に行きましょう。年券を持っているから。まちゃんに年券を買うとは愚かめ、といわれたが、年券には身障者割引があるから、数回いったら、もとが取れるんで。
昼前に上がって正解。お天道様は、ボウズでないと、昼からも釣っているかも、と懸念しての配慮をしてくれた。
ゴロちゃんのお出まし。中津川では臍を隠せる場所に苦労をしないが、大井川では大変。抜里でのゴロちゃんの時は、駅に逃げ込むには法面を這い上がらなければならない。オラのあんよでは不可能。今では左岸側の道路まで行けば、御茶屋さん等があるから、不審者になることで、臍を隠せるが。
くちゃんたち、かあちゃんにも子供にも見捨てられた胡散臭いおっさん達、余命幾ばくもないジジーのアッシー君になってあげよう、というお慈悲をお願いしますよ。ゴロちゃんに、お臍をとられたら、かわいそうでしょう。
9月1日 酒匂川
囮屋さんに、階段があり、石があるところは?と訊ねてアリーナへ。
右岸に沿う分流は、前回来たときよりもさらに下流に勢力を伸ばしている。
こぶし大の石であるが、先客が、本流へと流れを変えるすぐ上流の瀬落ちの瀬肩付近に入っている。
囮は小学生。3番上りはいるということかなあ。たまに跳ねる鮎は、小中学生。
コンクリート護岸にはアカがついている。小石にも垢がつき始めている。アカ付きは気にしなくてもよいかも。
囮は20才、元気でよく働いてくれるなあ。
しかし、釣れるのは?。穴あき石だけ。
穴あき石がよく釣れたのは、長島ダムがなかった時の大井川ではなかったかなあ。酒匂川で、穴あき石が釣れていたら、左右、対面の人から冷たい目で見られたでしょうなあ。
それ程、湖産放流全盛時代の酒匂川は、釣り人がびっしりと並んでいた。
朝、釣り人が少ないとき、左岸側に渡った。戻ろうとしたが、空き場所がない。心優しい釣り人に出会うまで、どの位の距離を歩いたかなあ。それで、左岸側に渡ることをしなくなった。
そんな思い出に浸りながら、下流側の唯一の同業者を眺めていた。
早めのビールを呑んで、明治製菓前に。
右岸に沿う流れが、左岸へと向きを変えるところから、分流が始まっている。もう、漁協上流の瀬に入ることはできそうもないなあ。半ズボンに鮎足袋の昭和の終わり頃の最新のファッション姿であるから、渡ることが不可能ではないとは思うが。
石は、ここの方が大きい。こぶし大から、頭大の石もある。ダムがなかった時は、頭大の石がびっしりと詰まっているのは当たり前。その上でどのような流れ等の変化があるか、が、場所選択の基準であったが。
まちゃんと違い、酒匂川でもボウズ。
継代人工の放流が、バケツ何杯、というレベルであるから、釣れなかった、ということにしておきましょう。
飯泉の堰の魚道は遡上可能のようであるから、河口の瀬切れが、1番上りの遡上を妨げているのかなあ。雪代が2,3週間遅れて収束し、そのために遡上が遅れた時の越後荒川の大石川合流点の瀬でだっこできたのは、8月であるのに、小中学生だけ。あゆみちゃんの成長段階に合わせて、コケを食することができなければ、大きく育つことができない、という現象が酒匂川にも生じているのかなあ。
富士道橋の囮屋さんが、今年で廃業するとのこと。
近くに量販店ができて、本業の荒物屋?が立ち行かなくなったから、と。量販店の販売価格が、囮屋さんの仕入れ価格よりも安い、と。
また、井戸水を屋根近くにあげて、水温を上げてそれを生け簀に流している。水合わせの手間を省略するために。
そのためには、上に上っての維持管理作業が必要。その作業が困難になったから、囮屋も廃業するとのこと。
よかったね、落ちそうになっても落ちなくて。もう、バランスをとる能力も、踏ん張る力も弱っているからなあ。落ちていれば、寝たきりですよ。
囮屋さんに出会ったのは、湖産放流全盛時代の平成の代が始まった頃ではないかなあ。
土手の囮屋さんは9月15日頃に閉店。当時通っていた町中の囮屋さんも9月下旬には囮を置かない。
それで、9月下旬、10月にも囮を置くところを探していた。どのように富士道橋の囮屋さんに出会ったのか、忘却の彼方であるが。
その結果、釣り場は、赤橋界隈から、富士道橋界隈に変わった。
9月6日 中津川
中津でボウズになるか、酒匂でボウズになるか、なんとも寂しい選択肢ですなあ。
丼大王が、狩野川や稲生沢川や小川で、あゆみちゃんを取っ替え引っ替えだっこしているというのに。
なんちゅう、神さま、仏様は、えこひいきが激しいんでしょうなあ。
来年から、富士道橋に入ることはないから、思い出づくりで酒匂も考えたが、ボウズの思い出づくりでは侘しいから、中津にしましょう。
かさんは、田代を品切れにした張本人の1人であるのに、愛川橋等に場所を変えて、また、いっぱいあゆみちゃんをだっこしている。こんな不平等がいつまで続くのかなあ。
永遠にですよ。
角田大橋下流へ。
水深のあるところ、その上流の棚のあるところは、先客が複数入っている。いきなり、橋の日陰は、ちょっぴり心苦しいが、あいているから、やむを得んなあ。
ボウズにならず。18才、下顎側線孔数は、4対左右対称。しかし、海産畜養にしては、馬力が弱い。どういうことかなあ。
9月8日 中津川
台風が、どの位の雨を降らせるのかなあ。
ダム放流になるでしょうから、濁りがとれてアカがつくまで一週間で充分かなあ。
大井川はどうなるかなあ。笹間渡の囮屋さんは、9月にならんと釣りは無理、と。オラは、8月終わりには竿を出せると予想していたが。囮屋さんは、秋雨前線等の、さらに雨を降らせる要因を考慮されていた。
結果は、9月にはいって、やっと、釣りができるかなあ、と期待していたが、今日から雨を降らせる台風で、また10日ほどアカなし川かも。
まあ、中津川で、台風前のあゆみちゃんナンパをしましょう。
あら、角田大橋は超満員。中津川漁協の大会日とは。橋上流の最後の棚に。
中高生各1匹。ボウズでないだけで感謝しないと。上流側の人は、20才位のあゆみちゃんをだっこしたが、継代人工の成魚放流かなあ。
背後から声が。
何年ぶりかのヤマメキラーさん。ジジーの顔つきになっているから安心した。
まだ、山釣りをしているとのことであるが、かってのように、大井川の車で行けるところまで行って、数時間歩いて岩魚を釣る、なんて不可能でしょう。
山釣りと行っても、中津川の枝川かも。
12時のバスで大正解。短時間の土砂降りが始まった。
台風なんて、よそのお話であったが、風も雨もまともにやって来た。
平山橋で1.6m、上依知で2.3m、松田で1.5mの増水であるから、一時的な増水とはいえ、アカがつくまで一週間かなあ。
しかし、何と、大井川はダム放流なし。笹間渡の囮屋さんに電話をしないと。
稲生沢川は4m,河津川は2.8mの増水。丼大王は、いつから軟派稼業を始めるのかなあ。
9月12日 中津川
中津川は、ダム放流による濁りなし。ただし、今日は、薄い笹濁り。
角田大橋下流側へ。
残りアカのある石がある。新アカがちょっぴりとつき始めているが、まだ食堂を開業するほどのアカ付きではない。
ヘチに立ち、残りアカがありそうな石の所に囮を入れる。
流れのイン、アウトの関係で、残りアカがある川の流れではないため、大きめの石の所を目標にする。そして、水量が少し多いから、根掛かりをしたら糸を切るようにすれば、川流れはなかろう。
背びれの形状は、頭側が長くしっぽ側が短いから、海産畜養。次の18才は帆掛け舟の背びれ形状であるから、継代人工の成魚放流。
結局、19才2匹の海産畜養と、18才2匹の継代人工。
小中学生の大きさにしか育たない県産種苗は釣れず。
こんなに大漁になるとは、日頃の行いが良いからでしょうなあ。もちろん、比較対象は、10日に26匹をだっこしたかさんではありませんよ。
こんな時のビールは旨いなあ。
橋上流の瀬に10人近くの人が入っていたが、昼前には消えていた。昼前に囮屋さんにやってきた常連さんは、田代に行くとのこと。
9月14日 中津川
角田大橋附近は満員。やむを得ず、橋下流の棚へ。
ヘチの石にでっかい食み跡があるが、増水で避難したときに食べたであろうこの食み跡の主は、まだいるのかなあ。
釣れないどころか、寒い。天気予報はお日様にこにこではなかったのかなあ。風も冷たい吹き下ろしの風。
橋のところがあいた。先客が釣れないのに、釣れるわけがないよなあ。まあ、楽をしましょう。
やっと、薄日が差して、ビールが呑みたくなる気温に近付いた。囮君も、ブラック企業で働きたくない、と怒っているから、ビールにしましょう。
ということで、いつものボウズ。
丼大王も大見川で、根掛かり放流をしているご時世ですから、ヘボのボウズは恥ずかしくないよ。
9月17日 中津川
いつもと同じ場所で、ボウズになるのも芸がないなあ。ということで、角田大橋下流の瀬落ちの下流の砂利しかないように思える場所へ。ここでは、ボウズは一層恥ずかしくない。
笹濁りであるから、石がどこになるのかもわからない。
案の定、うんともすんとも言いませんなあ。ヘチの数少ない石の残りアカに食み跡があるから、あゆみちゃんがいることは間違いないが。
浅いところへと釣り降る。石の量が増えるわけではないが、どこに石があるかは、見える。15才中学生2匹。背びれの形状は、頭側が長く、しっぽ側が短い。下顎側線孔数は、綺麗な4対左右対称ともいえない。
県産種苗のF2でしょう。
数は相当いるよう。ブロックの下の流れが早く、しぼられた瀬にいる鮎は、大きいとのことであるが、川流れが怖いから、浅いところをこれからも釣り場にしましょう。
先日、心臓の手術をしたひさんがいた。
ひさんは、昔の大井川を知っているかも。吉田で降りずに、浜松で降りたとのこと。
家山、昭和橋付近から、気田川に行く山越えの道があり、その道を使うと、気田川まで一時間足らずで行けるとの話が、長島ダムがなかった時、聞いたことがあるが、その道を使ったのかなあ。
ひさんに昔の大井川の話を聞くようにしましょう。塩郷堰堤がなかった頃の大井川と遡上アユの話を聞くことができるのでは。
9月20日 中津川
楽な、そして、小中学生のいる角田大橋下流の浅いところへ。
しかし、前回大量にいた小中学生がどこにも見えない。なんでじゃあ。
新しく食堂ができた?
前回が出アユの時間帯で大量にいた?
見えないけどいるんだよ、と、はかない夢を見て時間を過ごしましょう。上流へと釣り上がる。
6月終わりの大会の時よりも石が減っている。その時は小学生が2匹釣れたが。
跳ねる鮎も数匹。とても、新規食堂ができたから、浅いところから移動したとは考えられない。
出鮎でないことも、前回と同じ時間帯になっても浅いところに小中学生は見えず。
人為?
長島ダムがなかった時の大井川でのこと。
駿遠橋上流の河原の道に生えている両側の木にビニールのテープがはためいていた。また、水の中にアカがついていない石が転がっていた。
これについて、家山の人で、朝犬を散歩させている人が、夜陰に紛れて行われている刺し網漁、と。その仲間は、ここの話し声が聞こえるほどの近くにもいる、と。河原の林の中には、アユを脅かして刺し網に追い込むための竹が隠されている、と。
県産F2に、遡上鮎並の商品価値はないから、空しいお話であるが。いや、ショットガン?を使ったのかなあ。
ということで、なんで小中学生が消えたか、わからず。しかし、中学生が哀れんでくれて、1匹遊んでくれたから、ボウズでなし。めでたしめでたし。
なお、テク1が孫殿と送電線界隈に昨日、今日と入っている。
田代や愛川橋界隈での大漁よりもはるかに大漁。しかし、釣り返しはかなわず、昨日の半分位が今日の量。とはいえ、ウン10匹であるが。また、番茶も出花娘は、昨日は大漁でも今日は品切れ、と。場所ムラも大きいと。
22才位の鮎は、サビが出ていると。どこの継代人工かなあ。第一漁協は、送電線附近にも継代人工を入れたのかなあ。それとも中津川漁協が消防グランドに放流したものがダム放流で流れてきたのかなあ。
送電線界隈には、一昔か二昔まえに行っただけ。どの程度、石が残っているのかなあ。
かさんでも、消防グランドから上流が釣り場のようで。
孫殿らの数量は、消防グランドから上流では、想像できない量であるが。サラバ状態が続いていたのかなあ。
孫殿は、あと何年後に溯上あゆみちゃんをだっこできるのかなあ。
溯上あゆみちゃんが、いかなる馬力の持ち主か、早く経験して欲しいなあ。
昭和の終わりに近付いた頃の青木の瀬。番茶も出花娘に翻弄された。
下流側の人が、初心者があゆみちゃんにもてあそばれているとすぐに判断して、オラがあゆみちゃんをだっこできるようにあっちこっちに動いてくれた。
尺バヤとは比べものにならない馬力、持久力、美しさ。このときが、あゆみちゃん命の始まり。
9月22日 中津川
天気予報は外れて、雨は降らず。あんよの練習に出かけますか。
角田大橋から見える下流側の石には,綺麗な石もあるが、その場所がどこか、川に入ったら川見のできないオラには的確に判断できない。
まちゃんや、よねさんが、橋上流の瀬であゆみちゃんをだっこできているからといって、その瀬に入っても、あゆみちゃんを軟派できる騙しのテクニックはなし。
ということで、またもや、橋下流の浅いところへ。
わんさかいた小中学生は、今日も見えず。
浅い水の中の石の附近に囮を行かせるが、見釣りができるほどの腕はなし。見えないけどいるんだよ、の、夢を抱いて、上流へと釣り上がる。
腰あたりほどの水深の所で、中学生。県産種苗でしょう。
瀬落ちよりも10メートル余り下流、掛かった。
馬力がないなあ。継代人工の成魚放流かなあ。
しかし、ヌメリが多い、サビが出ていない、泳ぎは達者。瀬落ちまで泳いでいけそう。
下顎側線孔数は、4対左右対称であった。海産畜養が、なんで、能力を隠して、死んだふりをしていたのかなあ。
ということで、今日もボウズではなし。
ただ、今後川に入るかどうか、なやましい問題発生。
中腰等になった時、椎間板ヘルニアが再発しそうな雰囲気になっていた状態が、少し変化して、新たな症状が発生した。その兆候を無視しても、川の中で立ち往生することはないのかなあ。骨密度その他の検査と診察は、10月中旬やしなあ。
久しぶりにOさんに会った。
舟釣りに行かない理由は、カワハギがいないから、と。もう、カワハギが舟釣りの対象になる時期とは。
そして、なんで、カワハギがいないのかなあ。
伊勢湾?三河湾?では、例年の何倍もカワハギが繁殖している、,釣れているとのこと。その海域は、こっちのように、カワハギを珍重しているのかなあ。
ついでに、3月に舟釣りに行くとき、酒匂川の河口で瀬切りを起こしていないか、どうか、見に行くように頼んだが。車であるから、ちょっと寄り道をしても大した時間ロスにはならんよ。
駿河湾の稚鮎の生活苦をもたらしている要因は何かなあ。
稲生沢川に遡上アユがいるが、仁科川はどうかなあ。
9月25日 中津川
二つの台風とはいえ、相模川水系には大きな影響はないようで。
高田橋の所に、どの位の雨量になれば、水郷田名が浸水するか、という看板が出ていた。宮ヶ瀬ダムがなかった時、田代で越流した?水が、角田大橋上流の弁財天付近まで水浸しにした、と。その頃の田代の堤防は現在よりも低かったのではないかなあ。
天気晴朗であるから、角田大橋下流へ。
浅いところの先客さんは、左岸の枝を気にしなければならないところまで、上手に泳がせている。
その上流の平瀬へ。オラが1匹釣る遙か前に、その立派なウデの人は、見切り千両、と、消えていった。
そう、中学生が1匹、ボウズにならんように、と。ヘボに御報謝。ありがたや。角田大橋界隈では、10匹、20匹の人達がいらっしゃるが、それよりもオラにはありがたい1匹。
腹に白子を持った養殖君は、エビに何回なっても、ヘボとの出会いも運命、と諦めてくれて、ストライキをすることなく、元気に泳いでくれた。ありがとう。
今日、角田大橋界隈や、消防グランドで、大漁現象が発生したのは、なんでかなあ。
アカ付きが変化したわけではないからなあ。腹が減っていたわけでもないからなあ。ダム放流で、上流から新規参入者が増えた現象でもないしなあ。不思議ですねえ。
まあ、このような予見可能性と異なる現象もあるから、ヘボでも夢を見られる可能性があるともいえるが。
大漁現象は、これからも続くのかなあ。アユの量は?
大井川は笹間渡の囮屋さんが、やめられた。
去年は遡上鮎がおらず、今年はダム放流の濁りがいつまでも流れて、釣り人がおらず、囮を絞めるだけのお仕事。
囮屋さんは、商売あがったりで、やめられたのではない。漁協役員の虐め?嫌がらせ?で。
10月1日頃には囮を置かなくなっていたそれまでの大井川沿いの囮屋さんとは違い、10月も囮を置いてくれた。
オラ達、房総半島以西の太平洋側の海アユの産卵時期は、西風が吹き荒れる頃=木枯らし一番が吹き荒れる頃から、下りを含めた産卵行動が始まる、という学者先生とは異なる釣り人の要望に応えてくれていた。
長い間、ご苦労さん、ありがとう。
長島ダムがなかった時は、神座でも大石ごろごろ、石の詰まった瀬であった。囮屋さんも二軒ほどあったが、今では、砂利川にわずかに石のあるところがある、という川相に。
丹原の鮎の里は、トンネルができて、食堂の利用者が激減して?閉店。その少し上流の河原に囮屋さんができているという話はあるが、電車通勤では利用不可能。
今年は、こっちから、囮を持っていくしかないのかなあ。
囮屋さんは、オラが行くときは面倒を見るとおっしゃってくれているが。
漁協は、長島ダムが、井川ダムとは違い、排砂機能を持ち、また、選択放流ができるダムであるから、濁りのない層の水を流すように、ダム管理者に要望しないのかなあ。中津川のように。うるさく、しょっちゅう。
9月28日 酒匂川
小田急鉄橋の上流側は数人、下流側は10人を超えているかも。下流側の流れはさらに分かれたよう。
囮屋さんに着くと、同年配の人とオラよりも年配では、と見える3人組。湖産放流全盛時代には、電車には同業者が多数、新松田で降りるか、栢山、富水、蛍田で降りるかの違いはあるが、囮屋さんでは何人かの同業者と出会うことは当たり前の光景であったが、それ以来のことではないかなあ。
3人組もオラと同様、年券を持っているが、酒匂川にやって来たのは二回目。
太宰「御伽草子」の「浦島太郎」は、太郎が乙姫さまとの約束を破って玉手箱を開けたから、ジジーにされた、との理解に対して、見知らぬ人々の中で、太郎は生活出来ない。それを予見していた乙姫さまが、太郎をジジーにした。ジジーであれば、思い出の世界で生きていけるから。
そう、オラも思い出の中で生きていけるように、思い出づくりに励みましょう。その上、来年からは、富士道橋にやって来ることはないから。
右岸分流では、小中学生が跳ね、それをだっこしている人もいる。アカ付きは気にしなくても良い状況。
左岸への本流を見たい。中州は、草ぼうぼうになっているから、山蛭やヘビが怖い、と思っていたが、中州が上流に成長していて、そこはまだ石ころ。分流は、さらに成長して、流れの幅は、中津川並、距離も1キロほどになっているのでは。
本流を見ることが目的のため、分流から中州へ渡る。
豆腐状のブロックの間に囮を入れている人は、小中学生や高校生か番茶も出花娘を次から次へとだっこしている。お連れさんは、同じ釣り方をしているが、あんまりだっこできない。
三保ダムができて、何年後かなあ、砂利が石を埋めてしまい、豆腐状のブロックの間だけが石のある場所、という光景があったなあ。
その人を見ながら、どこに入ろうかなあ。
左岸への瀬は、1人入っているが。漁協前のトロは、まだ砂利だけかも。
まあ、この界隈1の幸せ男の対面に入りましょう。
水深10センチほど。小石。今時、こんな所を釣り場にする人はいないでしょうなあ。ただ、腹子持ちの継代人工であるから、万一あゆみちゃんと出会えるかも。
ここでは、絶対に川流れをしない。もし、川流れをしたら、不可能を可能にした奇跡のジジーということで、なんだら経の教祖になる資格を得るでしょうなあ。
久しぶりの吸盤ボウイ。そして、待望のあゆみちゃん。囮並みの大きさ。ただ、遡上鮎とは違い、囮を背負ってすっ飛んでいかない。
腹子をもった継代人工であるから当然の現象かも。サビは出ていない。ヌメリはある。囮と同じ大きさの19才。
大漁さんは、10匹以上をだっこしている。20匹を超えたのかなあ。お連れさんは、10匹に届いていない。最後は、ブロックに糸をあてて丼で昼休みに。
ビールの後は、分流へ。
朝入っていた人達は、消えている。気になりますねえ。
波立ちのある瀬は、ちょっぴりアカ付きが薄いよう。とういうことで、波立ちが消えたあたりから釣り降る。小中学生のバレのみ。
囮屋さんで、里芋の仲間で、赤い茎のあく抜きを行う仕方と、その何日もの作業を聞くが、当然覚えられず。赤紫蘇の飲み物を頂いて、終了。
3人組はまだ戻ってきていない。分流の下流側、本流へと行ったのかなあ。
3時過ぎの小田急鉄橋の上流側は釣り人見えず。下流がはちらほら。
おちゃん、3月に舟釣りに行くとき、酒匂川の河口が瀬切りを起こしているか、どうか見て。
1番上り、2番上りは3月に遡上を開始する。その時、瀬切れを起こしていたら、遡上鮎は、無視される。湖産放流全盛時代から、酒匂川が、遡上鮎を度外視した現象で充ちているのは、このためでは、と考えている。
くちゃん、大井川へのアッシー君にこき使われたくない、と、曇り、雨の天気予報にするとは、ジジーいじめじゃあ。
化けて出るぞお。幽霊なく、お化けで。なんで、幽霊には妖艶なねえちゃんもいるのに、お化けにはおどろおどろしい容姿しか登場しないのかなあ。
9月30日 中津川
もう、大漁フィーバーは終了と思っていたのに、ときどき10匹以上のあゆみちゃんをだっこしている方々がいる。当然、大漁の常連さんのようで。
大漁の原因を放流か、と思っていたが、ダム放流後に放流は行っていないとのこと。中津川漁協のH・Pから、放流情報が消えたようであるから、囮屋さんのお話。
どのような要因で、大漁現象が招来したのかなあ。
まあ、そのような方々とは無縁に、ゼロイチゲームをしましょう。
角田大橋下流の砂利底のため、転ばないところを見つけたことは、怠け者にはうってつけではあっても、あゆみちゃんとは縁が切れますなあ。少しはあゆみちゃんはいらっしゃるようではあるが。
とはいえ、よねさんやかさんらのように石の所を歩き回ることは無理でしょうし。
かさんが、「消防グランド」というときは、壊れ橋から送電線付近迄とのこと。
あゆみちゃんは、歩いて釣れ、石を釣れ、を、実行されているんですなあ。
垢石翁が、井伏さんを初めて友釣りに連れて行ったとき、井伏さんが石ですっころんでも逃げなかった?ことに友釣り師の資質を見抜かれたのではなかったかなあ。
こんな愚痴をこぼしているから、ボウズです。
ボウズでも、愉しくなる状況でのボウズをしたいなあ
10月2日 酒匂川
8時頃の小田急鉄橋の上流側、下流側とも5人ほど。コロガシか始まっているのに、友釣りの人もいるよう。
富士道橋下流の分流、そして、分流が枝分かれして、本流の枝分かれした流れと合流している流れ界隈に、竹カゴに編み笠の2人連れが入っている。竹カゴの釣り人を見るのは、何年か前の大井川は発電所廃屋下流以来かなあ。まだ、竹カゴも編み笠も絶滅していませんなあ。
ぐるうっと本流近くの流れまで歩いて、結局アリーナ前の分流の「本線」へ。
アカ付き良好、垢ぐされなし。とはいえ、アカがついてから、垢ぐされをするほどの時間が経っていないということですが。
竹カゴの人達が去ったから、オラも去りましょう。
明治製菓上の豆腐状のブロックの所へ。
ブロックに囮を入れる気にはならないからそのすぐ下流側へ。囮は何遍鼻っ面をひっぱっても元気溌剌。
ブロックの所を立ち位置にして、ブロックの上流に囮を入れている人は、すでに20匹コースではないかなあ。先日はその場所の人は、たまに釣れていただけであったが。
テク1が、送電線界隈に入り、釣り返しが効かない、場所ムラが大きい、と観察した状況と同じかなあ。
あゆみちゃんは足で釣れ、を実行して1キロは歩いたのにボウズ。もっとも水のないところを歩いて距離を稼いだが。
階段の所でビールを呑み、もう、囮君を酷使することをやめましょう。
しかし、橋まで、後、数百メートルの所で、竿を忘れたことに気がついた。ビールを呑むとき、竿を高水敷きの草の上に置いていた。
湖産放流全盛時代では、なくなっていたかも。もっとも、その頃は、河原にも、堤防にも草ぼうぼうという現象はなかったが。
2時過ぎの鉄橋上下は、釣り人はともに10人以下ではないかなあ。コロガシの人も入っている。
またもや、19才位の継代人工に、白子が入っていない。継代人工の生産方法で、遺伝子操作等、何らかの人為を加えているのかなあ。
昨日、浜松から、相模川に28才が釣れた、との情報でやって来た人が。
その人は、遡上鮎と考えていた。
オラは、磯部の堰上流には遡上鮎はいない、その大鮎は、5月の連休に、20才以上の継代人工に串を打ってスーパーで売られていた鮎が、串に刺されることなく、育てられて数ヶ月後に川に放流されたもの、と。
船明ダムがなかった時、長島ダム、塩郷堰堤がなかった時、天竜川や大井川では、尺近いあゆみちゃんは、今の時期は常識であったが。
浜松さんは、あっちこっちの川に行っている。
神通川上流の宮川にも行った。垢石翁が、大石ごろごろで、転んで身を、骨を切り裂かないかと心配していた川相は健在とのこと。
マダムが大鮎をだっこして、得意満面であった大鮎も健在とのこと。
しかし、遡上鮎ではなく、湖産。
ダム補償で湖産を入れているから、最高級の湖産。冷水病対策を行っている湖産。桂川の湖産のイメージかなあ。
浜松さんに、あっちこっちの話を聞きたかったが、釣りの邪魔をすることになるから、いずこかで逢えるかも、と、はかない夢を。
さて、丼大王は、稲生沢川で、大きさには不満があるかも?その大きさとは、尺ではなくても泣き尺も混じってくれないと、と、贅沢な不満を密かに持ち?また稲生沢川へ。
オラも、稲生沢川に行って、ボウズ街道まっしぐらから脱出しょうかなあ。
10月7日 中津川
5日、消防グランドを見学に。
竿一本、二本分の間隔でずらっと並んでいる。こんな人気スポットになっているとは想定外。
水量は、平水よりも少ない2トンのダム放流量に。そのためか、朝から去って行く人も。しかし、寒い、いや涼しい6日には、風の中、野口おとり店のH・Pに幸せ者として掲載される人も。減水後1日で、減水になれたのかなあ。新たな生活空間を構築できたのかなあ。
半ズボンに鮎足袋では寒いかも。一枚羽織、ウエーダーを。ウエーダを運ぶには、鮎バックを使うしかない。大した距離を歩かないのに、肩が痛む。少しでもサボるとボデーがなまる現象は、順調に成長している。
2トンのダム放流量であるから、海底(おぞこ)まで歩いても不具合は発生しないでしょう。
海底は一層埋まり、三個四個あった大石は砂利の中に。まだ、頭大の石はあるが。
2匹、跳ねたアユがいるから、あゆみちゃんはゼロではないが。
上流側の人が去り、下流側の人が釣り上って来るから、オラも去りましょう。
しかも、お天道様は、にこにこで、ビールが旨い環境を作ってくれているからなあ。
もう、海底に来ることはなくなるかも。釣り人道がなくなったから、角田大橋上流の瀬肩よりも下流から、川の中を歩くことになるから、釣り人が入っているときは、歩きにくいからなあ。
10月9日 酒匂川
明治製菓上流の豆腐状ブロックの上流側でなんで大漁の人がいたのか、気になる。
ブロックに沿ってどんどん中州側に立ち込んでいく。
浅い、流れが弱い、楽ですなあ。
目的の場所に着くと、砂利。頭大の石なんてどこにもなし。ちょっぴり小石があるだけ。
食堂ではない。生殖腺が発育した継代人工が、産卵のため、あるいは準備のために集結していたのではないかなあ。
回れ右をして、右岸側の堤防へと、囮君と散歩をしましょう。石が増えたとはいえ、びっしりと詰まっている川相ではなし。まあ、右岸に沿う分流の方が、頭大の石が多いとはいえ、ここにやってきても去りゆく人が絶えないから、あゆみちゃんは少ないんでしょうなあ。
掛かった。団子状態であるが、バレず。あな嬉し、と思えど、ハヤ。
仕掛けはぐちゃぐちゃにされた。吸盤ボウイでも、こんなにひどいぐちゃぐちゃにはせんぞお。
1日に数匹のハヤをかけた人もいるとのことであるから、ハヤは復活しているようで。酒匂川の川相では、あゆみちゃんとハヤが場所で棲み分ける川相ではないから、ハヤが増えるとハヤがお邪魔虫として、登場することになるなあ。
次は、あゆみちゃんであるが、タモの手前でぽっちゃん。
富士道橋の分流の所へ。舟をおける場所が、見つからない。水深10センチほどであるから、中州側に行けば、どこにでも舟をおけるとはいえ、邪魔くさいなあ。
囮を絞めて、ビールを呑みましょう。
オラと同じ年頃の人が、2匹あゆみちゃんをだっこした。サボリーマンには福来たらずですなあ。
富士道橋の囮屋さんが、9月下旬、10月でも囮を置いている、と、どのようにして知ったのかなあ。
湖産放流全盛時代が終わり、継代人工が主役になった10月、富士道橋の真ん中付近を水が流れていたとき、囮屋さんと2人ぼっちの川で、錆びた継代人工をせっせとだっこしたことがあったなあ。
もし、酒匂川に1番上り、2番上りが遡上していたなら、錆び鮎と戯れることもなく、ピカピカの溯上あゆみちゃんをだっこせんと、釣り人は遡上アユがいた狩野川のように10月でもやってくるでしょう。漁期が、10月14日まででなければ、11月にも釣り人がやってくるでしょう。
これが、1番上り、2番上りが遡上する3月に、河口付近で瀬切れを起こしている、と考える根拠です。釣り人の現象です。
Oちゃん、釣り舟の乗る前に、3月の酒匂川の河口付近で瀬切れを起こしていないか、どうか、見てきてえ。
今日は、あと1日,2日で囮屋さんと会えなくなる、いうことで、やってきた人が少しは多いかも。
もちろん、台風がやってこなければ、連休にやってくる人もいるでしょうが。
囮屋さん、長い間、ご苦労様。ありがとう。
赤紫蘇を煮だして?砂糖や酢?で味付けをした飲み物は美味しかったよ。
10月31日 稲生沢川
丼大王が、東京から引っ越してきた「鮎釣りオヤジ」さんと稲生沢川に出かけている。丼大王が好む強い瀬がない川であるのに。
その稲生沢川の状況は
丼大王行状記→2019年
8月26日31匹、20才以上20匹。
9月3日21匹、20才以上13匹。
漁協放流は300キロであるから,遡上鮎では。
鮎のいる場所といない場所が極端との釣り人の話
台風による増水後の9月19日20匹、22才も
9月25日30匹ほど
10月1日50匹近く
23才も
17才以上、チビ1匹
10月9日18匹?
10月17日白川
餌釣りは20才以上が普通、24,5才も 100匹越えも
10月23日ボウズ
この丼大王さまの艶福に指をくわえて見ているだけ、とはジジー丸出しですなあ。
そこで、10月11月の「二か月」を稲生沢川でうはうはにもてたよ、と、言いたくて出かけた。
近くのタクシー会社が廃業したから、別のタクシー会社に早朝の予約の電話をすると、予約時間は?行き先は?の質問。行き先を言うと予約一杯と。近距離故に予約一杯と?
やむを得ず、うん10年前に「若返り」をして、駅まで鮎バックを担いで歩く。
蓮台寺駅前の橋から見る川にはあゆみちゃんが見えない。丼大王でも、あゆみちゃんの忍法雲隠れの術に騙されているから、気にすることはない。とはいえ、丼大王には、そのあゆみちゃんをだまくらかすウデがあるからなあ。「君の瞳は百万ボルト?」なんて、殺し文句であゆみちゃんを騙しているのかなあ。
囮屋さんがわからない。昨日、電話した時も幟等の目印もないといわれていたが。酒屋さんで訊ねて駅方向に戻る。庭にいた人に再び聞いて、隣の囮屋さんに到着。
酒屋さん同様、足の不自由なお婆さんが、囮を舟に入れてくれた。もう、養殖囮はないから、囮屋さんが釣ってきた囮を置いている、と。鼻環が通っていなかったから、餌釣りでは。水槽には背中に傷のある囮も居たから、友釣りもされているよう。
川沿いを上流に歩いて、高根橋?上流から川に降りる。コンクリート護岸に鉄筋棒の梯子があるだけ。オラにはきついが、舟と竿をひとつづつ下ろして河原に降りることができた。
早速、転んだ。びしょびしょになったが、20度以上の気温であるから、寒くない。お天道様、ありがとう。
アカはついている。凄いあたりがあったが、ハリ掛かりせず。その後は音沙汰なし。
中学生の出鮎が見えたが、どこが食堂かなあ。
釣り降っていく。
駅前の橋上流まで「足で釣る」が、さっぱりですなあ。「場所ムラ多い」との丼大王の御託宣どおりかなあ。
アカつきは、最初に入ったところは十分であるが,駅上流は薄い。同じ川相であるのに、なんでアカ付きに差があるのかなあ。
中学生が2匹。丼大王とは違い、ボウズではないぞお。高校生がタモの手前でぽっちゃんをしなければ、3匹だぞお。
階段、スロープのあるところで川から脱出するが、高水敷きの下では、コンクリート護岸を上るしかない。幸い、高さが1mほどで、また、コンクリートに文様がつけられているから、それに足をかけて上ることができた。
駅前の橋を渡るところで、左足の膝が抜けた。幸い、転ばずに膝をついただけであったから、竿を折らずにすんだ。
当初の「二か月」釣りをしたという高邁な夢は儚く消えた。
階段の上り下りは、手すりを使わないと困難。いや、不可能。
囮屋さんで、着替えて駅へ。蓮台寺には踊り子が停まらないことを知った。そうであれば、下田に出たのに。いや、下田行きの電車に出会わなかったなあ。まあ、大仁よりも不便であるよう。
熱海で昼飯、夕食兼用の押し寿司と酒を買い、ベンチで食べた。
三島と熱海間の電車は、1時間に二本ほど。単線の相模線の三本ほどよりも少ない。それで、駅のベンチで時間合わせをしていたが、侘しい。それで、駅近くの年季の入った建物の小さなそば屋へ。地魚天ざるでビールを、11月頃からは酒を呑んで時間合わせをしていた。
21世紀のいつ頃かから、営業時間が不安定になり、廃業。それからは、踊り子を利用するようになったが。
そのそば屋さんに、横浜市長中田さんの色紙が掲げられていた。中田さんは、どのようないきさつで、そば屋さんを利用することになったのかなあ。
駅の階段の上り下りは手すりを利用しないと不可能に。
そもそもの原因は、鮎バックを担いで1時間歩いた過重労働では。
くちゃん、よぼよぼのジジーが鮎バックを担いで駅まで歩くとは、ジジー虐待と思うでしょう。来年は、稲生沢川に遡上アユがいるときは、アッシー君になるんですよ。
鮎の付き場に偏りがあるとの丼大王の話からも、車があれば、オラでもうはうはになったかも。
2020年あゆみちゃん遍歴譜
相 模 川 | 中 津 川 | 狩野川 | 酒 匂 川 | その他 | |
3月から 5月 |
相模大堰副魚道遡上量調査 |
||||
6月 | 2日 4日 5日 8日 12日 15日 16日 20日 23日 26日 29日 |
||||
7月 | 12日 16日 20日 24日 | ||||
8月 | 1日 3日 5日 7日 9日 13日 15日 17日 19日 22日 24日 28日 30日 |
||||
9月 | 2日 4日 10日 13日 15日 17日 21日 28日 |
||||
10月 | 3日 5日 7日 14日 | ||||
11月 | |||||
2020年相模大堰副魚道遡上量調査 単位:万匹
神奈川県内広域水道企業団社家取水管理事務所の遡上量調査資料から
2000 年 |
2001 年 |
2002 年 |
2003 年 |
2004 年 |
2005 年 |
2006 年 |
2007 年 |
2008 年 |
2009 年 |
2010 年 |
|
4月1日 から10日 |
23.2 | 204.9 | 568 | 18.4 | 830.9 | 5.6 | 0.5 | 27.4 | 188 | 20.3 | 19 |
4月11日 から20日 |
9.4 | 40.6 | 895.2 | 264.5 | 113.2 | 0 | 2.5 | 24 | 219 | 54 | 81 |
4月21日 から30日 |
36.6 | 125.3 | 387.1 | 232.3 | 499.2 | 42.2 | 23 | 275 | 229 | 40 | 70 |
4月計 | 69 | 371 | 1,850 | 515 | 1,443 | 48 | 26 | 326 | 636 | 114 | 169 |
5月1日 から10日 |
4.4 | 129 | 112.8 | 32.8 | 56.2 | 0.8 | 9.9 | 68.6 | 70 | 2 | 59 |
5月11日 から20日 |
5.5 | 40.7 | 48.5 | 41.2 | 136.7 | 0.6 | 6.1 | 13.8 | 32 | 7 | 3 |
5月21日 から28日 |
3.7 | 8.6 | 9.7 | 108.8 | 45 | 0 | 0.7 | 3.2 | 36 | 0.4 | 2 |
5月計 | 13.6 | 178.3 | 171 | 182.8 | 237.9 | 1.4 | 16.7 | 85.6 | 138 | 9 | 64 |
合計 | 101 | 550 | 2,199 | 706 | 1681 | 49 | 43 | 412 | 774 | 123 | 233 |
3月20日 ~3月31日 |
16 | 1 | 177 | 80 | 296 | 調査 対象 期間外 |
|||||
遡上初出日 | 23日 | 20日 | 25日 | 29日 | 25日 | 4月 4日 |
4月 3日 |
||||
初出日 最高水温 |
ー | 12度 | 11度 | 12度 | 12度 | 15度 | 13度 |
2011 年 |
2012 年 |
2013 年 |
2014年 | 2015 年 |
2016 年 |
2017 年 |
2018 年 |
2019年 | 2020 年 |
2021年 | |||
4月1日 から10日 |
61 | 18 |
60 | 88 | 32 | 466 | 328 | 2,181 | 191 | 36 |
|||
4月11日 から20日 |
271 |
56 |
29 | 170 | 464 | 475 | 459 | 3,597 | 118 | 17 | |||
4月21日 から30日 |
417 |
457 |
63 | 193 |
273 | 213 | 231 | 622 | 58 | 86 | |||
4月計 | 749 |
531 | 152 | 451 |
769 | 1,154 | 1028 | 4,219 | 367 | 139 | |||
5月1日 から10日 |
62 |
31 | 15 | 15 |
125 | 235 | 159 | 251 | 37 | 4 | |||
5月11日 から20日 |
139 |
20 | 73 | 16 | 165 | 329 | 221 | 130 | 0 | 13 | |||
5月21日 から28日 |
22 |
4 | 7 | 11 | 12 | 18 | 33 | 10 | 1 | ||||
5月計 | 223 |
64 | 95 |
80 | 302 | 347 | 413 | 391 | 98 | 18 | |||
合計 | 972 |
595 | 247 | 531 |
1071 | 1501 | 1441 | 4,610 | 465 | 157 | |||
3月20日 ~3月31日 |
遡上なし | 遡上 なし |
遡上なし | 4月1日に 7万の遡上があることら3月下旬に遡上の可能性あり |
三月終わりに遡上目撃 | 三月二〇日頃に遡上観察 | 調査開始は4月2日 | ||||||
遡上初出日 | 4月4日 | 4月3日5千 | 4月4日2万 | 4月1日 7万 |
4月1日31万 | 4月1日45万 | 初出4月3日2千、4日120万 | ||||||
初出日 最高水温 |
13度 | 12度 | 16度 | 13度 |
2018年の遡上量調査の数値は、信頼性に欠けるものと確信している。
1 2019年10月の終わり頃、弁天で、5m以上の増水になる。増水だけであれば、遡上アユは対応可能であるが、その後の濁りは、飢饉になる。
飢饉にめげず、産卵しても、寒川のところの支流に入った親を除いて、産着卵に泥が付着し、呼吸出来なくなり、孵化率はいちじるしく低下する。
弁天のヘラ釣り場には、親亀だけでなく、子亀も避難に成功している如し。したがって、沖取り海産が棌捕できっという話は事実ではないと確信している。
2 とはいえ、磯部の堰の下流側の堰の魚道上り口が上流側に向いており、遡上達成率がゼロの水準であるから、座架江橋上流に入れば、釣れるのでは。
3 中津川の才戸橋下流の放流地点では、車が入れたところが、何らかの工事が行われて、駐車出来なくなったとのこと。それで、ホースが水のところまで届かず、バケツ輸送をして、放流するアユが弱ったとのこと。そして、水の中にも重機が入って、小石のチャラにしたから、そこを釣り場にしているコロガシの人たちは、三川合流点とか、座架江橋の下流側に行くことになるのかなあ。
4 去年、伊豆半島の先端付近、仁科川等には、遡上アユがいたとのことであるから、そこに出かける人が今年もいるのでは。
6月2日 中津川
昨日、よさんでもつ抜けしない数。オラがボウズでも恥ずかしくない。
アカ付きはなんでか悪い。5月の日照時間が、例年よりも短いといっても、石に付くアカの光合成にそれほど影響はないと思うが。
川の水温が低いと放流アユが死ぬ、との話で、放流は、5月25日?頃。海産畜養。
オラは、海産畜養は採れなかったと思っていたが、三浦半島で大漁とのこと。それが放流された時の写真が、囮屋さんのH.・Pに掲載されていたが。
川の水温が低いから、放流をしても死ぬというご意見の方がおり、5月初め頃ではなく、5月25日頃の放流になったとのこと。丼大王の東伊豆の観察からも、房総以西の太平洋側の1番上りの遡上開始は、3月上旬ですがねえ。
放流時期が遅いこと、海産畜養であること、アカ付きが何でか完全ではないこと、これらの要因が、6月1日の釣りにどう影響するのかなあ。
1日に角田大橋に入ったよさんが、つ抜けにならなかった。よさんがつ抜けにならんということは、ボウズでも恥ずかしくない。
もう、房総以西の太平洋側の海アユは、遡上性向が希薄になる成長段階では。そして、放流地点からの移動距離も短いのでは。
角田大橋上流側は、よさんたちが、小雨降る中、1日にくまなく囮を入れているのでは。
ということで、仙台堰上流では、最初に放流される角田大橋下流へ。
アカ付きは薄いとはいえ、白川ではない。放流されてから数日とはいえ、もう、ナワバリを形成している海産畜養がいるのでは。
全然いません。去年の6月終わりの大会の時は、大きく育つ能力すらない内水面試験場で生産したF2ですら、10センチあるかなしかの小学生ですら、時折見えたのに。それを2匹釣って1回戦を通過したのに。
アユの気配すら感じられない。なんでじゃあ。
平山橋下流も以下同文。
ビールを呑みながら、囮屋さんの話を聞くと、馬渡橋の淵、愛川橋付近にいっぱいいる、と。
海産畜養は、何キロも移動しているよう。
といことは、仙台堰下流には、八菅等に放流された海産畜養が溜まっているのでは。
次回は、仙台堰下流に入りましょう。ビールが美味しい天候の日に。
愛川橋の囮屋さんは、20年余り前にやめられているから、まず、仙台堰下流で試してみましょう。とはいえ、土手に釣り人道はあるのかなあ。草刈りをして釣り人道を作って下さっていた方は亡くなられている。
6月4日 中津川
ごめんなさい、またまた嘘を書きました。
沖取り海産の畜養されたアユだけが放流されているのではない。むしろ、県産種苗のF2の方が多い。放流時期も5月20日前にも行われているよう。
去年のF2は、大きくなる能力すらなかったが、今年のF2はまともな大きさに育っている。そして、上流に移動している。
ということで、今年、中津川に放流されたアユは、F2を含めて、上流に移動している。
馬渡、愛川橋界隈は、大入りとのこと。少しでも、混雑を避けようと、深沢尻?のところの護岸に設置されている鉄ばしごを降りていて、滑って転んで背中附近を傷めた人も。早く、腕の良い整形外科に行くんですよ。
八菅に放流されたF2や海産畜養は、消防グランドまで移動していないでは。釣り人が少ないとのこと。
明日は、壊れ橋に入りましょう。草を刈り、釣り人道を造ってくれていた方は、亡くなられている。しかし、草刈りをしていなくても、オラのあんよで水にたどりつけるところが、壊れ橋に近いところとその少し上流にあった。
明日は、ボウズ街道まっしぐらの記録を伸ばすぞお。
6月5日 中津川
昨日、よさんが,角田大橋上流で、昼からのこのこやって来て、10匹以上のあゆみちゃんをだっこしたから、オラも真似しょう、と、なんてウブじゃあありませんよ。
よさんが釣った食堂は、1等地ではなかったとのこと。1等地に住まう放流ものは、上流に移動したということかも。
そして、何らかの弱みのあるものが残っていて、貧相な食堂を利用していたのかも。そんなあゆみちゃんがオラの手に負えないことは充分承知の助。
壊れ橋上流へ。
テク1は、消防グランドに、静岡県養魚場の車が、継代人工を放流していたが、量は多くなかった、と。また、八菅に放流されたものが、消防グランドに移動してる兆候はなかった。送電線附近とか、下流で、移動をやめているのでは、と。
ということは、壊れ橋上流に、移動してきた放流ものはいないということになりますなあ。
しかし、田代でも、なんでか、移動をしなかった?放流ものがよく釣れるようになった、ということであるから、あゆみちゃんをだっこする選択肢が増えているかも。
その現象にも背を向けて、ジジーはボウズ街道まっしぐら。
川相は、去年10月終わりのダム放流による変化はなく、素晴らしい。
下流の方から移動してきた釣り人に、馬渡や愛川橋に行くように、と。
去年、遡上アユがいっぱいいた伊豆半島の先っちょが、必ずしも遡上アユが充ちているとはいえないよう。狩野川は、去年同様、放流ものに頼ることかも。丼大王行状記6月8日 中津川
よさんが20匹、田代に行った人が30匹、ということは、追加放流をしたのでは。
そうであれば、ボウズの言い訳は、追加放流をよさん達が全部釣りきったから、ボウズは恥ずかしくない、となるが。
しかし、追加放流はしてないとのこと。
6月8日 中津川
よさんが20匹、田代に行った人が30匹、ということは、追加放流をしたのでは。
そうであれば、ボウズの言い訳は、追加放流をよさん達が全部釣りきったから、ボウズは恥ずかしくない、となるが。
しかし、追加放流はしてないとのこと。
朝寝朝酒朝湯が大好きで、そいでボウズになった、とはいわれたくないなあ。
昼ビールまで頑張るぞお。オー
よさんも囮屋さんも、縄張りを作りたくなる一等地は釣れない、と。馬渡や愛川橋に移動した海産畜養やF2の仲間ではあるが、いや、海産畜養ははずしてもよいか。
何らかののっぴきならぬ事情があり、居残りをしなければならない放流ものが、まだ、角田大橋にいるということのよう。
角田大橋上流は、右岸側によき瀬があるが、無視。左岸側ヘチに立ち、囮を働かせる。チャラの立ち位置で、囮の入ったところもチャラ。川流れは絶対にない。竿を折らないように転んだ時に気をつけましょう。
中学生。中学生をだっこするのは何年ぶりかなあ。上流へと釣り上がり,また釣り降る。小学生から中学生まで6匹。よさんの三分の一もだっこ出来たとは,ヘボ冥利につきます。
くちゃんは、この間沢で20匹とのことであるから、余程放流量が多い、あるいはよきアユを放流したのでは、と想像していた。
しかし、鮎三郎さんが、ボウズとのことであるから、特別な放流状況ではなく、くちゃんに何らかの幸運があったと考えるべきかも。
鮎三郎さんは、この間沢からの帰り、愛川橋で釣る。
愛川橋で、白子入りを釣る。
20世紀の終わり頃、6月であるのに、腹子をもった鮎が釣れていた。
狩野川ではなかったかなあ。オラは、遡上アユが潤沢であった大井川通いをしていたが。
電照で早く大きくしなければならない事情が発生していたのでしょう。
さて、その電照+お日様の明るさで育った養殖が、なんで6月に腹子を持つのか。
A説
電照と日照を併せた累積時間が、自然界で生じる性成熟に要する時間に達した。
B説
電照+お日様の時間が、電照がなくなり、短日化したということで、性成熟が進行した。
どっちが、有力であったか、興味の対象外。
漁連の養魚場は、第二漁協のところに。以前から存在している円形水槽3面の他、四角な池が10面ほどの数で追加されていた。
そこで、電照をしているとは考えにくいが。
原当麻の内水面試験場は、屋内で、また、地下水が充分に取れないため、濾過、循環している富腐水水で養殖している。そこで、去年のように幼児か小学生といえるほどの大きさにしか育たず、電照を利用したのかなあ。
それとも?
もう、溯上あゆみちゃんをだっこ出来ないのかなあ。
6月12日 中津川
前回、ボウズ脱出で喜んだが、昼からのこのこやって来たよさんは、オラの倍もあゆみちゃんをだっこしている。
今日も、オラは角田大橋上流のチャラで、小中学生5匹。気持ちよく、昼ビールを呑んだが、またもやよさんは昼からやって来て、オラの倍以上をだっこしている。
格差社会そのものですなあ。
囮屋さんとこの風鈴に、「ぼけっとタバコを吸ってるんじゃねえよ」の色紙が吊されているが、オラも、よさんほどあゆみちゃんをだっこできたら、ぼけっとタバコを吸ってないよお。
囮屋さんに、白子を持ったアユの白子の写真がおいてある。
オラは、腹子をもっているとの話の性成熟の段階は、筋状かな、と思っていたが、もう産卵行動が始まってもおかしくない大きさの塊である。
5月の連休頃、スーパーに、番茶も出花娘か乙女の大きさのアユに、串を刺して売られているが、それは、日照+電照で親を育て、今頃腹子を取り、あるいは産卵行動をさせて、仔魚を造っているのかなあ。
20世紀の終わり頃、野牛と松阪牛のどっちの方がうまい?、ということで書かれた文があったと思うが。
品種改良を人間が行い、手塩に掛けて育てた松阪牛の方がうまいでしょう。溯上あゆみちゃん命とは、野牛を賞賛するのと同じだ、という書き物ではなかったかなあ。
21世紀になって、城山下の釣り人も古の賑わいと雲泥の違いとなった時、故松沢さんにこの話をしたときかなあ。
故松沢さんは、長良川の鵜飼いに使っているアユは、徳島からやって来ている、と。昭和50年頃よりも以前の状況であるから、まだ継代人工は誕生していないない。湖産か、海産を養殖したもの。
鵜飼いの参加者は、鵜が瞬時に絞めた,活き締めの養殖ものがうまい、といっているが……。
さて、その養殖ものも、高田橋にはいないよう。いや、攻撃衝動が解発されるほどの閾値の密度がない、ということでしょうが。1,2匹釣れたら、竿頭になれるという状況のよう。第一漁協のH・Pには大島と時折八菅が釣果情報に登場しているが。
漁連の義務放流量が、230万から、120万に減っただけの現象かなあ。
その数が各漁協に配分されるルールは、漁協の管理している川の延長ということであったと思うが。
したがって、川幅の広い相模川の放流ものの密度は中津川よりも薄くなるが。
20世紀には、織部の堰の下流側の堰の魚道上り口が上流に向いている遡上達成率がゼロの堰がなかったから、遡上アユが「閾値」を高める機能を果たしていたが。
その頃、中津川は、妻田の堰が遡上出来なかったのではないかなあ。
興津川に冷水病のアユが放流されたという話があったが、狩野川の放流ものにも、その影響があるのかなあ。
大井川は、数年ぶりに遡上アユがいるかも。
しかし、笹間渡の囮屋さんは、漁協に虐められて、去年囮屋さんをやめられた。
オラに、10月にも囮を置けえ、と脅迫されて、10月も働いて貰っていたのに。いや、脅迫者はオラだけではないが。
6月15日 中津川
いつもの角田大橋上流。チャラは、楽でありがたいなあ。
しかし、蹴られはあるが、釣れませんなあ。タバコをぼけっと吸う本数が多いなあ。
やっと釣れた。ボウズはない。ありがたい。
これまでで最高の7匹の小中学生。小学生でも元気に泳ぐなあ、と感心していたら、沖取り海産の中に、過密の環境で育てられたため、小さいままのがいるとのこと。小学2,3年生位もいる。
桂川で、海産、湖産合わせて40匹の人が中津川の様子を見に来た。桂川は、早朝に着いてもポイントには入れない、とのこと。
その人が、今年の阿仁川、那珂川の遡上量が大量とのこと。
阿仁川は、無理としても、那珂川に行けるかも。とはいえ、車で椎間板ヘルニアが持つかなあ。チャラであるから、あんよへの負担はないはず。にもかかわらず、足の指が攣った。初体験。ばね指、足がつったときになんでか、即効性のある薬を飲んで治まったが。
まあ、ジジーは、川につかることが出来ることに満足しないと,罰が当たるよなあ。
とは言っても、那珂川の遡上量が多いとなれば気になりますねえ。くちゃん達、那珂川の状況に注意して。
阿仁川の遡上量が多いということは、新潟の荒川の遡上量も気になりますねえ。
大井川も、何年ぶりかで、遡上アユがいるかも。
よさん、ビールありがとう。ポンコツのボデーが、感激しているよ。
6月16日 中津川
昨日、馬渡、愛川橋を見に行った。
角田、田代に放流されたアユが、なんで、馬渡、愛川橋に移動したのかなあ。腹子をもった県産種苗のF2?まで。
海産畜養が御師になって、F2や、継代人工を導いたのかなあ。
愛川橋から、鮎は見えず。2,3人が竿を出しているが。
愛川橋の囮屋さんがあった時の建物はなくなっている。そこで、布袋さんに会った。
布袋さんは、2年ほど前にも遇ったよ、というが、記憶にナシ。湖産放流時代から、何度も遇っているが、釣り場での情景の記憶は更になし。覚えられない、すぐ忘れる、思い出せないの3兄弟の発育が超優良児であるから、当然のことか。
愛川橋を渡った隠国(こもりく)?にあった囮屋さんの家はどうなった?と聞くと、布袋さんは、川崎?に引っ越した、と。そのことも、囮屋さんをやめることと関係しているのかなあ。
その囮屋さんは、池田湖産を育てていた養魚場から囮を仕入れていた。
冷水病が蔓延して、池田湖産や九州ダム湖産の評価が上がり、高値になっても何年かは、池田湖産を調達していたが。池田湖産は、交雑種。
深沢尻の河原は草茫々。
最後にここから釣り上ったのは、宮ヶ瀬ダムができて、河原が草原になり始めた頃。ヤマカガシが怖いから、草のない石ころの河原を歩いて、流れに出た。
左岸に沿う流れの瀬は良かったが、釣れなかったのではないかなあ。
トンネル横の川に沿う道を歩いていると、空き家が目に付いた。囮屋さんの家も空き家になっているのかなあ。
馬渡橋の上流で、1匹だけ、何度も跳ねていた。それ以外の鮎は見えず。淵に溜まっていたというアユは、分散したということかなあ。
釣り人も数人だけ。
田代には、分散しているとはいえ、車止めのところ、国道沿いのところ等に、釣り人が数人ずつ入っている。
馬渡、愛川橋の宴は終わったのかなあ。
そして、なんで、角田、田代に放流されたアユが、上流に移動したのかなあ。
今日も、角田大橋上流のチャラへ。
毎回おんなじところで、あきんとは。退屈せえへん?
そんなことをいわれてもですよ、どこへ行っても変わりないのでは。
今日は、前回と違いすぐに釣れた。何らかの人工の高校生から幼児まで、8匹。
様子を見に来たテク2は、今年の遡上量が多い大川に行く、と。
亡き長老は、山形に帰郷していたとき、大川に行っていた。その頃は、遡上量が少ない、なんてなかったなあ。
阿仁川、大川の遡上量が多いということは、荒川も多いかも。
荒川の遡上量が多ければ、今生の思い出のためにも、新幹線で行きたいなあ。米坂線の越後下関で降りて、宿、囮、瀬は一体になっているから、オラにはありがたいなあ。
それに、新幹線であれば、椎間板ヘルニアが反乱することもあるまい。
今日と明日、放流が行われる。どんな動きをするのかなあ。
よさん,また、ビールの差し入れありがとう。
ことのほか旨かったよ。それに囮屋さんが造っているぬか漬けのキュウリがつまみであるから、尚更のこと。
6月20日 中津川
昨日までと違い、天気晴朗。当然、相模川は閑古鳥が鳴いていても、中津川には釣り人がいるはず。
角田大橋上流左岸側からチャラへ。
中高生の県産種苗のF2と継代人工で4匹。しかも、早くに釣れたから楽。海産畜養は混じらなかった。
桂川は、どの位混んでいるのかなあ。ポイントに入るには、昨日の夜から河原にいる必要があるのかなあ。
道志川は、明日が解禁。
最後の道志川は、神社のところ。囮を入れている附近を冷水病にかかったアユが、流れていく。それをタモで拾えば、大漁であったなあ。
冷水病原菌は、水温18度?から22度?で繁殖するとのこと。道志川の解禁日の頃は、ちょうどこの水温。
これが最後の道志川になった。今は、冷水病対応も行われているのではと思うが。
明日はどうしょうかなあ。
角田大橋上流のチャラ以外には、歩くことは困難やからなあ。海底に行くことは可能ではあるが、ボウズならめげるからなあ。
相模川の釣り人が2,3人しかいない憐れな姿もあるから、ボウズをおそれずにまた出現しょうかなあ。
テク1は、あんまりにも貧弱な川相のところで釣っているから、びっくりして去っていったが。
6月23日 中津川
21日、愛川橋を見に行く。
前回、橋からアユの姿は見えなかったが、橋下流側の右岸ヘチ近くの小石のところに塊が見える。量は100匹もいないかも。
そこに人が歩くと移動する、そして、また小石のところに戻ってくるとのこと。
なんで、そんな小石の場所にかたまっているのかなあ。
1992年以前の狩野川に遡上アユが満ちあふれていたとき、城山下の淵に3番上りの小学生がいっぱいいた、小学生の塊は、淵の大石で四六時中お食事中。満腹になったら、別の塊と入れ替わっていたのかなあ。
その状景と、愛川橋から見えた小学生の塊とはまったく異なる。食事の時は、出アユ、差しアユになっているのかなあ。
釣り人は2,3人。馬渡も。
新平山橋下流は大漁であったとのことであるが、追加放流の効果?5月放流ものが何らかの理由で、攻撃衝動が解発された?
21日の道志川の解禁は、50,100匹の人が相当数いるようであるが、いつまで品切れにならずに釣れるのかなあ。
いつものように、角田大橋上流に入るが、情けない流れで、石も貧相な指定席は、先客あり。その下流側のまともなチャラに入る。
よさんらが、追加放流は根こそぎ釣ってしまっているでしょうから、残り福に期待するしかナシ。
幼児2匹。まあボウズでないから、幸せと思いましょう。
先日、40匹の人が、今日はボウズと聞いて、にっこり。とはいえ、その人は午後からうはうはかも。そもそも、オラは、1年の合計で40匹になることはないが。
先日、囮屋さんで、自然薯と長芋が全く別であることを教えてもらった。そして、自然薯は、神経質で育てるのが大変とのこと。
ぬか漬けは、手入れが大変なだけでなく、食べ頃の判断は、気温等の外界の変化で異なるとのこと。
こんな手間暇をかけないとぬか漬けが,上手につからない、となると、ぬか漬けが多くの家から消えたことに納得。
6月26日 中津川
角田大橋上流は大入り満員。橋下流も。
先日、中津川で、釣り1年目の人が、角田大橋上流で30匹、2年目の人がが田代で30匹余り、という効果かなあ。
オラは、小学生2匹。田代に行った人は釣れず。
ビールを呑みながら、数日前の人があな嬉し、となっていたのに、なんで釣れないのかなあ、と一応天下の情勢を考えるふりをする。品切れ?
田代に入り、午前中、ボウズの人は、午後はどうなったのかなあ。オラは、三時間以上働くことはなし。たまには、昼からも働きたくなるような状況になって欲しいなあ。いや、昼からも働きたくなる川に行きたいなあ。
その田代さんは、アユがいる、釣れるはずのところは、跳ねがある、と。平山橋でときどき、大漁になっているのは、その現象が見られたとき、と。ハネが川見の一指標とは、どういうことかなあ。
壊れ橋のところは、5月の放流はなかったが、先日の追加放流は、海産畜養を放流したとのこと。そうすると、それを対象に次回は行ってみる価値があるかも。遡上性向がなくなっておれば、壊れ橋からそれほど上流でないところに止まっているのではないかなあ。
暇ですから、試してみましょう。
6月29日 中津川
壊れ橋上流へ。
6月下旬の放流であるから、海産畜養といえど、遡上性向は希薄となり、放流地点からあんまり移動してないのではないかなあ。
草ぼうぼうの法面で、草むらを歩かなくてもよい辛うじて土の出ているところから、水に入る。
そこは、アオノロの付いた石がいっぱい。アオノロが、鍼等にくっついて、えびになるのかなあ。えびは繁盛するなあ。
その上流側の棚は、少しアオノロを気にしなくても良い状態。
しかし、跳ねがありませんなあ。今年の中津川は、「跳ね」が、「川見」のようで。先日の平山橋が大漁になるときも、ハネが見られた、と話されていた人のように。
角田大橋上流の情けない棚でも、跳ねがあると、アユがいる、空き家ではない、と安心出来るように、集団生活から完全に自立をしていない状態のようで。
諦めて、土手からハネの場所を見たくても、法面は背の高い草で、川面は見えず。
田代に多くの人が行ったが、どうなったのかなあ。
まあ、角田大橋上流の情けない棚も、釣り場にする人が増えたとはいえ、壊れ橋まで行く効果が定かではないから、楽な角田大橋でお茶を濁すことにしましょう。
囮屋さんに戻る途中、まさんに出会った。何年ぶりかなあ。体調が悪く、今年はまだ釣りをしていない、と。
川に入ることができる状態に満足をしないと、罰が当たりますなあ。
もう、遡上アユをだっこしたければ、狩野川へ、湖産をだっこしたければ、酒匂川へ、という時代は戻ってこない。
駿河湾沿いの人たちは、桂にするのか、道志にするのか、興味があるなあ。
オラは、昼ビールが飲めることに満足することにしましょう。
大井川の濁りはいつ頃とれるのかなあ。越後荒川の遡上量はどの位かなあ。
一点豪華主義の夢を見ましょう。
7月12日 中津川
雨こんこんが続いている。相模川は黄色の濁りであるが。中津川は笹濁りで、水深三〇センチほどの透明度がある。いや、もう少し深くても、石が見えるのでは。
よさんは、昨日、昼ごろにのこのこやってきて、ゴロちゃんが、あゆみちゃんがかわいそうや、もう帰れ、と、怒るまでの一時間か二時間の間に、込みの10匹。
何でそんなにあゆみちゃんを誑かすことができるんじゃあ.
羨ましいなあ。
角田大橋上流の「情けない棚」は、いつものように上下を含めて満員で、入ること不可能。
5月下旬まで養魚場の流水につかっていた「トラックで運ばれてきたアユ」が、どの程度増水に耐えうるか、遊泳力があるか、また、避難出来たのかなあ。
角田大橋下流の瀞に流された者もいるかも。
すぐに囮並みの大きさが釣れた。背びれの形状が,帆掛け舟であるから、継代人工。F2かもしれないが。F2の背びれの形状が判らない。
ヘチを上下したが、ハネは、小学生と高校生を各1匹見ただけ。ヘチの石はドロ被り。最初はまずい飯を食べても、その次からは旨い飯が食えるとはいえ、その必要もないかも。
何年ぶりかで吸盤ボウイを釣った。丼大王は、今年は吸盤ボウイに愛されているようであるが。
川那部先生は、宮崎の川漁師に、吸盤ボウイを囮にして、あゆみちゃんが釣れるか、と聞かれた。川漁師はすでに実験していた。
吸盤を切って、囮にして、あゆみちゃんを釣っていた。
川那部先生や村上先生らが、相模川、中津川の魚道の遡上達成率を調査されておれば、磯部の堰の下流側の堰の魚道の上り口が上流側に向いている構造が、遡上達成率ゼロの欠陥魚道であることにすぐに気がつかれたでしょうに。
中津川の囮屋さんで、何年ぶりかでMさんに会った。
Mさんは、狩野川の流れが、松下の瀬、吊り橋、殿淵からの流れ出し等、大きく変わった。とはいえ、石が出たとは言い難いとのこと。
Mさんは、桂川にも行っている。
さらに、磯部の堰の下流側の堰から座架江橋の間に遡上アユが、いっぱいいて、7.5号の鍼、太い、強い鉤素が必要と。
座架江橋上流に行くには、アッシー君がいるなあ。くちゃん、座架江橋上流を試してみようよお。
あんよが疲れた。丼大王のように、瀬にづかづか入ることもなく、ヘチを歩いただけであるが。
ガキッチョが,コロナのため、外で走りままわることが規制されていて、その規制が解除されて、骨や筋肉に異常が発生したとのことであるが、ガキッチョはすぐに走ったり跳ねたり、出来るようになるでしょう。
ジジーは、あんよの痛みが何日後で消えるかなあ。
7月16日 中津川
久しぶりに雨こんこんではない。
少しは川で歩かないと、ますますあんよが下手になるからなあ。
2,30センチ高は変わらず。
「情けない棚」のすぐ下流側に人がいる。その人を避けて上流に行くには、法面を降りることになるが、竿を折るかも。ということで「情けない棚」より下流に。
ウンともスンともいいませんなあ。上流側の人も同じ。
オラは角田大橋のすぐ上流へ。上流側の人は、右岸側に渡り、分流が流れこむ附近を立ち位置にした。元気ですなあ。
囮は元気でも、オラは疲れたなあ。ヘチの石に食み跡がちょっぴりあるが。煙草の煙が唯一の慰め。
上流側の人は、また左岸側に戻り、オラの上流へ。そして、橋の下流へ。
中学生が2匹。
背びれの形状は、頭側が長く、しっぽ側が短い。下顎側線孔数は、4対左右対称。海産畜養。これが、女子高生であれば、少しは、馬力を楽しめたかも。いや、5月下旬の放流か、6月の追加放流とすると、Mさんが、磯部の堰下流、座架江橋上流で楽しんだ遡上アユの馬力とは、月とすっぽんの違いか。
まあ、ボウズでないことに感謝して、昼ビールを愉しみましょう。
7月20日 中津川
昨日、高田橋で、ほていさんに会った。
ほていさんは、20世紀の高田橋は、現在のように、瀬があった。そして、縄張り鮎が釣れた、と。今は、縄張り鮎は、中津も含めておらず、何年も竿を出していない、と。
昔、水中眼鏡をかけて、縄張り鮎がいるところに近づくと、一時、逃げる。しかし、その場所から少し離れると、すぐに縄張り鮎は戻ってくる、と。
その縄張り鮎がいないから、群れアユしかいないから、と、竿を出さないのは、オラと違って、まだ、未来に期待出来る年頃だからでしょうなあ。
高田橋の瀬がなくなり、去年のダム放流で瀬が戻ったのは、小沢の堰の平水時の流れの幅が、20世紀よりも二倍、あるいは三倍の長さに変わったから。
20世紀には瀬があり、また、磯部の堰の下流側の魚道の上り口が上流に向いている欠陥魚道がなかったから、遡上アユが高田橋にいた。雄物川さんや、ドブさんは、右岸側でドブ釣りに、雄物川さんは、弁天上流の右岸ヘラ釣り場へと流れを変えるところで、舟からの投網もしていた。当然コロガシも。
磯部の堰の下流側の魚道の遡上達成率がゼロの水準になってからは、それらをすべてやめた、できなくなった。
今年はどの程度、才戸橋下流のコロガシに行っているのかなあ。
ほていさんは、今年の「トラックで運ばれてきたアユ」が、なんで、上流に移動したか、判らないが、愛川橋上流の原下の堰の魚道を上り、半原まで移動している、と。
今回のダム放流で、流れた鮎が、溜まったところに入った人は、大漁とのこと。
湖産放流全盛時代の愛川橋の囮屋さんで、ほていさんと頻繁に会っていたのかも。愛川橋上流は、大きい石が転がり、よき瀬であった。その瀬で、子供さんに友釣りを教えていたお父さんが、掛けることはできるが、取り込めない、と笑顔で話されていたこともあったなあ。
ほていさんに角田の囮屋さんに乗せていって貰う。
天気晴朗。橋上流の、情けない棚に2人入っているが、長居をせずに移動していった。「情けない棚」といえども、2,30センチの増水であるから、まともな瀬になり、そこが棲みにくくなったのかなあ。
橋下流の瀞まで歩きたくないなあ。前回同様、橋のすぐ上流にしましょう。中学生1匹。ボウズでないぞお。
田代に行った人は2匹。オラの倍ではあるが、まだ、一点豪華主義の釣り場は変化していないかも。昼からは、どこに入ったのかなあ。
7月24日 中津川
久しぶりだよ、雨が降ってないとは。とはいえ、霧雨がときどきあるが。
田代は、テント、バーベキューで、河原に入りきれない車もあるとのこと。角田大橋上流の河原も大入り満員。
それに比べて、川の中は過密とは大違い。高田橋、弁天よりは角田大橋上流の釣り人は多いが。
角田大橋下流の瀞へ。
ここに流れてきて生活している「トラックで運ばれてきたアユ」が多いとは思えないが、釣り人はオラだけ。
一人ぼっちで、ボウズなら、恥ずかしくないからなあ。
すぐに、背びれの形状が帆掛け舟=継代人工。囮と同じくらいの大きさの高校生。
その後、蹴られがたまに発生するから、まだ少しはここで生活しているのかも。
いや、何十年ぶりかで、高校生のハヤが釣れた。蹴られていたとはいえ、ハヤの可能性もあるなあ。
囮を付け替えるのが邪魔くさいから、ちょっと早いが昼ビールにしましょう。
田代には釣り場に変化が生じたとの話も。
まあ、明日は見学に行きましょう。
いつものように、お昼にやってきたよさんは、角田大橋上流の「情けない棚」附近から、釣り始めたが、どの位あゆみちゃんをだっこしたのかなあ。
8月1日 中津川
7月29日、中津川の水位が1メートルには及ばないものの、数十センチ増水したから、どんな状況か、田代から歩く。
アカ飛びがあるのか、どうか判らないが、鮎が流されたのか、どうか、判らないが、20センチほどの増水時との違いは、あるのかなあ。
囮屋さんに着くと、かさんが、中津川には余りなじんでいないというお二人さんといた。
田代に入り、三人ともボウズでなかった。
とはいえ、かさんは、いつもの二桁は当たり前、とは違い、6匹とのこと。
流れたのか。アカ飛びは?、それとも?
角田大橋上流では、ボウズは恥ずかしいなあ。下流のトロへ。
ここに流れた鮎が止まっているとは考えにくいが、ボウズでも恥ずかしくないなあ。
ドロ被りの石は以前のまま。石も少ない。食み跡のある石が1つ見えるが、総ナメではないなあ。
テント族はここにもいますなあ。
子供も、高校生も、大人も、水着に着替えないで、そのまま、水遊びをしている。すぐに乾く服を着ているのかなあ。
往復したが、ハヤにも、吸盤ボウイにも見捨てられた。
早い昼ビールにしましょう。
角田大橋上流は、10人+αの釣り人が。下流側に1人が。動けないなあ。何人くらい釣れているのかなあ。
田代には、Mさんもいったが、釣れたのかなあ。
Mさんは、磯部の堰の下流側の堰の魚道上り口が上流側に向いているため、遡上達成率がゼロで、遡上鮎が溜まっている堰と座架江橋の間で、頑丈な針とハリスで、大漁であった去年、他の釣り人はいなかった、と。
くちゃあん、去年より相模大堰副魚道の遡上量調査では、遡上量が少ないとはいえ、トラックで運ばれてきたアユが、高田橋下流、弁天、石切場には乏しく、釣り人がたまにしかいない状況よりははるかに、あゆみちゃんをだっこ出来ると思うでしょう。
行きましょう。
その堰がなかった頃は、高田橋にも遡上アユがいたが、もう、遡上鮎が上ってくることはないよ。
「漁連だより」に魚道の改修要望か所がのっているが、磯部の堰の下流側の堰の魚道上り口が上流に向いている魚道は、「欠陥魚道」と認識されることすらナシ。去年の魚道調査のとき、川那部先生や村上哲生先生らの教えを受けた方々が、「講師」であれば、「欠陥魚道」として認識されたでしょうに。
現在の黄色濁りりのダム放流前のダム放流の時、石切場の柳の上流に、40羽ほどの鵜が休んでいた。5月下旬からの放流開始後には時折、その光景を見ることがあったが。
大島から放流鮎が流れてきたのかなあ。
1日は、角田大橋の下流側でも、上流側でも、田代でも幸せな方がいらっしゃるから、その幸運のお裾分けを得るよう、あんよの練習をしましょう。
8月3日 中津川
一昨日、昨日は、大入り満員であるが、今日は、皆様はお仕事ですから、空いてますなあ。
角田大橋上流に入る。しばらくすると、大分釣り人が増えた。
誰が釣れるのかなあ。移動する人が多いなあ。
あゆみちゃんがいないのかなあ。腕が悪いのかなあ。
やっと中学生が1匹。ボウズでないぞお。
昼ビールまで働けたよ。
昨日、サボMさんは、あっちこっちと走り回り、消防グランド前に何年ぶりかで入る。動けないのに3匹とのこと。増水で流れた「トラックで運ばれてきたアユ」が、消防グランド前にどの程度留まったのかなあ。カジ淵があった時は、多くが留まっていたが。
3匹も釣るとは、幸運ですなあ。なに、ウデじゃあ ですと?
サボMの8月2日 「今日は、取り敢えず様子見ということで、まず相模川へ 濁りが強く当分釣りは厳しい感じです。 で中津川の角田 、坂本などを見て回りましたが、人が多く入る場所がありそうにないので才戸橋下流に行くもゲートが閉まっていて川原にもいけません。 結局、何年かぶりの消防グランド下へ 10:00~12:00で3本でした。ここも人が多く移動は困難な状況なので、ここまでということで終了としました。魚少なく人が多く厳しいですね。」 |
8月5日 中津川
ボウズ。
角田大橋上流、下流に、5人、10人くらいの釣り人はいるが、何人が釣れたのかなあ。移動していった釣り人は田代等で釣れたのかなあ。
囮君、元気に働いてくれてありがとう。
「釣りバカ日誌」のはまちゃんは、テレワークを活用して、イサキ釣りに。
佐々木さんから、お仕事を口実にスマホが利用されたとき、背景から、釣り舟であることがばれんんように、と,考え、「空」を背景に。はまちゃんは、成功した。
スーさんは、オンライン会議の時に釣り舟に。
そして、「顧問は 釣り用のシャツ!! 下半身を映したら ゴム長という とんでみない出で立ち!!」
スーさんの姿が、どう展開するのかなあ。今日発売の「ビッグコミックオリジナル」を愉しみましょう。
8月7日 中津川
かさんが、田代で込みの27匹が気になりますねえ。オラはボウズというのに。
鮎足袋に半ズボンの昭和が終わる少し前の最新ファッションに。ゲートルを巻いている人もいたなあ。タイツの人はどの位いたのかなあ。この出で立ちやから、田代まで歩くことは出来ます。
水遊びのすぐ下流のチャラ状のところは、二列で2,30人が入っている。
鱒釣り場の横は3人だけ。一昔以上になるかなあ。ここで1回戦通過の数が釣れたのは。
それが、ドロ被りの石。石は大きくなっている。大きい石の間の砂利が流されたということでは。大会の時は、ドロ被りの石なんて、なかったが。
ヘチも大きい石。歩きにくいなあ。あゆみちゃんがいる気配なし。
その流れが落ちるところへ。
深くなっているなあ。以前は、右岸側の大石近くに囮を入れていたが。石があるか、どうか判らないが、深いところに囮を入れる。1匹釣れた。ボウズでないぞお。
オラの上流の瀬落ちに2人入っている。その1人が番茶も出花娘をだっこした。そのほかにも。その人の上流側の人は釣れていないのでは。
ひょっとして、番茶も出花娘では、と計測すると、18.5才。5ミリ足らない。とはいえ、今年一番の大きさ。いや、去年もお目に掛かってない大きさでは。
ここが田代での釣り場として良きところかも。
帰りに見ると、繁盛していた下瀬?は、数人だけ。
8月9日 中津川
昨日、田代を見た。テント村は過密ではない。川遊びの人もそれほど多くない。7日に、番茶も出花娘等、込みの12匹をだっこしていた瀬落ちの流れに入っている遊び人はいない。当然、今日も、おんなじ状態では。
鮎足袋に半ズボンのオールドファッションであれば、田代まで歩いて行ける。
平山橋界隈に7人?が入っている。久しぶりに見る釣り人。
何と、田代のテント村は超過密。それでも河原に入ってくる車は、Uターン等をして河原から出ていくことも容易ではないのでは。
水遊びは、昨日と違い、大繁盛。Sさんが入っていた流れは、水遊びの出発点の1つ。
ボムボート、浮き輪、救命胴衣、その他のものを使った幼児から大人まで、流れていく。
そんな中で高校生を1匹だっこした、その後も、糸に下る人が引っかからないよう、気をつけて10頃まで頑張ったが。
少し早いが、昼ビールで人出を見誤った後悔をしているとき、平山橋に入ったMさんが、乙女をだっこして戻ってきた。そのほかにも。
今年初めての乙女ではないかなあ。
湖産放流全盛時代が終わる頃の酒匂川の富士道橋や報徳橋付近で、まさんに教わっていたMさんとは大違い。
磯部の堰の下流側の堰から座架江橋の間で、溯上あゆみちゃんをいっぱいだっこしたMさんは、頑丈な鍼とハリスを使い、今はやりの軟弱な,繊細な鍼等を使っていないから、乙女といえども楽にだっこ出来る。
11日からは、田代が空くのかなあ。相模川の石切場上流に大島から流れてきた「トラックで運ばれてきた」鮎を3,40羽で食べていた鵜の残りものをトロで相手にするのかなあ。追加放流もされている頃と思うから、賢明な選択かなあ。
8月13日 中津川
田代は、川遊びの人たちで、大入り満員かも。もちろん、川遊びの人たちが好まないチャラ状の下瀬はあいているかも。
楽をしましょう。角田大橋のすぐ上流へ。中津川が初めての人が、10匹以上だっこしたというのに、オラは、小学生が2匹だけ。
ボウズにならなかっただけでも、中津川が初めての人に感謝しないと罰が当たりますなあ。
よさんらは、消防グランドや、田代で、先日放流された海産畜養と戯れているが。
大きいが、きれいとはいえない容姿のようであるが。放流地点から上流に移動している、との話があるが。
まあ、次回は、海底(おぞこ)で水に浸りますか。
若者をアッシー君にして、磯部の堰の下流側の堰、魚道の上り口が上流に向いている遡上達成率がゼロの堰から座架江橋までを見に行った。
案内書には、右岸側に駐車場が書かれているから、右岸側から河原に入るが、モトクロスには手頃な道が何本もあるとはいえ、乗用車では、いつ動けなくなるか不安。
座架江橋を渡り、すぐ上流の河原へ。
このまま,堰まで河原を動ければ、楽であるが、河原の工事をしていて、上流まで走れない。
普通の道から土手の道に入るが、通行止めも。
Mさん、どこが釣り場か教えてえ。水面上からは、川相の違いがわからないよお。
トロのようで、流れがあり、底に石があるところとないところがあるようで。
相模線を降りて、畑や田圃ののどかな道を歩いて、上流側の堰から、法面に芝桜が一面に植えられている土手を歩いたことはあるが、そのときは、コロガシ区であったから、川沿い,流れ沿いに歩いてないよお。
若者のお父さんは、友釣りをしていて、狩野川通いをされていたとのことであるから、遡上鮎を経験させたいよう。
8月15日 中津川
ベストを忘れた。
弁天様と乙姫様が、この暑いさなかに川に入ると、ジジーの干物がいっちょ上がり、となり、皆様に迷惑をかけることになるから、というありがたいご配慮をして下さった。
ここ数日、消防グランド、仙台堰下流で、一部の人が大漁になっている。
その理由は何かなあ。
消防グランドは、下流側のカジ淵の附近の石はきれいであるが、上流側の石は汚れたまま。当然、釣れるのポイントではない。
下流側は、1人、2人が釣れている状況であったが、8月13日は、4人が10匹くらい。
追加放流の効果?
追加放流の効果であるとしても、消防グランドに放流された?八菅に放流された海産畜養?が、上流に移動してきた?
どうも、八菅に放流されたものが上流に移動してきた、ということのよう。
仙台堰下流は、14日に30匹ほどの人が。
壊れ橋に放流されたものは、これまで釣りの対象となっていなかった。法面が草ぼうぼうで、壊れ橋に近い二か所しか、ヘチに行けなかった。
先日、何カ所かの法面の草刈りをして、ヘチへの釣り人道が出来た。それを利用した釣り人の幸運の証。
その状況を見るために草刈りが行われたところを歩いてヘチに出たが、各箇所とも2人ほどが入っている。
しかし、石はどこもそれほど磨かれているようには見えない。壊れ橋上流に放流されたアユが少ない、ということかなあ。上流から流れてきた鮎もいないということかなあ。
平山橋界隈を見たが、釣れているのかなあ。先日、Mさんがあゆみちゃんをだっこしたのは、鮎の密度はそれほどでないが、ウデで釣り上げたのかなあ。
海底(おぞこ)には誰も入っていないなあ。
田代のテント村は超過密。河原に入れない車が、土手にずらっと駐車している。川は、川遊びの人で大入り満員では。
田代では、水遊びの人がいない鱒釣り場横のドロ被りの石のところで20匹とは。角田大橋上下で、3人が10匹以上とは。
田代の車止め横の瀬で釣れたのは、先日、田代のチャラ・下瀬に放流された海産畜養?が、移動してきたのかなあ。角田大橋に放流されたのが、移動してきたのかなあ。
まあ、恵まれた人を羨んでもあゆみちゃんが同情してくれないから、諦めましょう。
明日もサボると、あんよはますます弱るから、どうしょうかなあ。
8月17日 中津川
今日から、田代の過密テント村も、川遊びも減っているのでは。
ということで、田代の上流からの流れが落ちてくるところへ。
しかし、釣り人のことを忘れていた。前回オラが入った水深のあることろ、その上流は先客あり。
流れが強いところに入るしかない。
石に囮を吸い込まれて、根掛かり放流。長島ダムがなかった時の大井川以来のへんてこな根掛かり放流。
下瀬に逃げる。よさんは、どのように川見をして、流れの筋を読み、どこにあゆみちゃんがいると判断しているのかなあ。
10時半頃、中州のヘチに囮を入れていた人が3匹。それ以外では釣れている人はいないのではないかなあ。いや、見なかっただけかも。
昼ビールには早いとはいえ、囮1匹では囮さんが疲れ切っているからなあ。
平山橋上流の瀬落ちに入った2人は、まだいるから、釣れているのでは。その人達より下流には釣り人なし。
よさん、高級なビールをありがとう。マイナスも飛んでいったよ。
さて、オラの下流側で釣っていた2人は、おなじみさんであった。
水深のあるところに入っていた人は、大きく、引き寄せで取り込もうとして、バレたとのこと。
また、親に、子供が遊ぶから、他に移れ、といわれたとのこと。
ということは、田代は、まだ、釣り人天国ではないかも。
まあ、今度は、角田大橋界隈で遊びましょう。
8月19日 中津川
中津川で、ボウズになるしか、選択肢はないようで。
角田大橋のすぐ上流へ。転ぶ心配のない小石、砂利の立ち位置、根掛かりを外しに行っても、川流れの心配のない流れ。ジジーにぴったりの場所で、囮君と戯れましょう。
中学生。これで久しぶりにボウズの心配なし。次は、小学生。小学生といえども、海産畜養であるから囮に。
小学生は、番茶も出花娘を。番茶も出花娘は、番茶も出花娘を。
4人もだっこ出来たとは、朝、かさんと話ができたからかなあ。もっとも、かさんとは気がつかなかったが。なんで、気がつかなかったのかなあ。以前と雰囲気が変わっていたからかなあ。少しは老けたのかなあ。 覚えられない、すぐ忘れる、思い出せない の3兄弟の成長は著しいが、それとは質を異にする認知症が始まっているのかなあ。
番茶も出花娘は、21才に5ミリ足らないのと、5ミリ上回っているもの。
背びれの形状が、帆掛け舟のは、継代人工。しっぽ側が少し短いのは、県産種苗のF2かなあ。
かさんは、桂川といえども、歩かないと、あゆみちゃんにあたらない、と。歩き回れる人は羨ましいなあ。
かさんは、いつものように、20匹以上。よく動き、そして、よく釣りますなあ。
8月22日 中津川
角田大橋すぐ上流で、継代人工の高校生1匹。ありがたや,ボウズでない。
しかし、世の中、こんなしけた話ばっかりではおませんでえ。
何年ぶりかで、た君に会った。た君は、超硬の竿に、0.1号の金属糸が、標準仕様とのこと。
こんなもの、相模川では不釣り合いじゃあ、と、文句を言った。
た君曰く、トラックが壊れた、ディーラも休み。当分仕事がない。
それで、阿仁川から、越後荒川まで、あゆみちゃんのナンパに励む予定であった。
しかし、お天道様をだませませんでえ。トラックを意識的に壊したのでは?
増水しても袋?ワンド?が、すぐにアカがつき、食堂になるから、遡上鮎が元気溌剌に生活出来る。
長島ダムがなかった時の大井川の葛籠に、袋があった。アカがついていて、あゆみちゃんがいっぱいお食事をしている。テク2からその場所を譲って貰ったが、あゆみちゃんの敏捷な動きで、水面ににょきにょきと頭を出している石に,糸をこすりそうになり、オラの腕では大変であった。
発電所廃屋と笹間渡鉄橋の間の袋は、大石が数個、空中に頭を出していただけであるから、楽であったが。
長島ダムができてから、両方とも埋まってしまった。
た君は、大井川のこの情景が日本海側の川にも存在するから、増水しても、遡上鮎は筋肉たっぷりと思っていた。
しかし、痩せぎすのあゆみちゃん。
それで、やむを得ず、高田橋で竿を出すことになった。
サボMらは、高根川や(庄内?)小国川へ。各人とも10,20匹ほど。
早く水が引くところの川が、今回は食糧事情がよいということかも。
さて、テク1の孫殿は、四万十川へ。
竿を折られたとのこと。
ということは、た君が、超硬の竿を標準仕様にしていることに充分意味があるということかなあ。
今回は、お天道様を騙そうとしたから、ぎすぎすのあゆみちゃんしかだっこできなかったた君ということでしょう。
8月24日 中津川
角田大橋上流のニセアカシアの木があった付近に入る。
昨日、放流されたアユは上流に泳いだとのことであるから、このあたりにいるかも。
囮君は元気であるが、さっぱり。とはいえ、回りではオラが最初にだっこしたのでは。
下りながら二匹目も。
継代人工の18才と19才。
馬力から、昨日、放流されたものではない。
盆明け後、小刻みに放流されているが、沖取り海産が採補できたことの効果かなあ。
とはいえ、静岡で育てられた海産稚鮎は、そのままの姿で、相模川、中津川にやって来ているのではない、と、勘ぐっているが。
8月28日 中津川
26日は、田代の落ち込みも見たが、常連さんが2,3人入っているから、入る場所はないなあ。
下瀬は、どこがポイントか、見当が付かない。
平山橋界隈は、Oさんらが時々大漁であるとは言え、オラには対応できませんなあ。
角田大橋上流では、よさんが、さらえた後のようで。
ということで、先日放流された橋下流のトロなら、楽ができるかも。
落ち込みのところとそのすぐ下流に先客あり。流れがないところで、あゆみちゃんが跳ねている。沖がポイントではあるが、囮君と戯れましょう。
継代人工の18才高校生が2匹。
死んだ鮎が3匹。背びれの形状が、帆掛け舟であるから、継代人工。なんで、死ぬような育て方をされたのかなあ。なんで、死んだのかなあ。これを食べる生物はいるのかなあ。ザガニはまだ、上ってくるのかなあ。
ころりと転んだ。浅いし、流れがないとはいえ、立ち上がるのに四苦八苦。どんな転び方をしても、すぐに立ち上がるほどの力はあんよにない。観客がいなくて良かったなあ。
竿は手放さず。
小口上等兵?死んでもラッパを手放さず? なんて話があったなあ。なんで、こんな戦前の話をいまだに覚えているのかなあ。なんで、あるいはどのような方法で、戦前の話が、戦後に伝承されていたのかなあ、
ベストもびちょびちょであるが、11月の狩野川とは違い、30度以上の気温では、気持ちよし。
8月30日 中津川
またもや、川流れとは無縁の角田大橋下流、トロへ。
川遊びの人がいっぱい。田代は、テントの超過密、河原に入ることのできない車が、ずらっと土手にならんでいるんでしょうなあ。
継代人工の20才、番茶も出花娘が2匹、高校生が3匹。何と5匹もだっこできた。囮屋さんで会う人に自慢、自慢。
20才のうち、胸びれ?の付け根が赤化している。昔よく見ることのあった病気持ちのような継代人工。
今日も、死んだ、死にかけの継代人工が流れてきた。
オラが邪魔で、ゴムボート?に立ち、あるいは座って、櫂?オール?を漕いで進む3艘の人たちは、左岸崖地近くを通ってくれた。全員、体温を下げるため?水につかっていた。水深は1メートルほど。ダムがなかった時よりも浅くなっているなあ。
そこで跳ねていた鮎は、移動したのかなあ。いや移動していないよう。しばらく経つと、その附近で跳ねていた。
角田大橋上流側にも、昨日放流されたとのことであるから、次回は少しは瀬らしいところに入ることにしましょう。今日の水遊びで、殆ど残っているでしょう。
いや、昼から竿を出したよさんが荒らしているから、また、ボウズ街道まっしぐらかなあ。
9月2日 中津川
昨日、水に入らなくても、海底(おぞこ)=竹薮に行けないかなあ、と、右岸側の道を歩いた。
山羊が法面の草を食べていた頃は、法面に背の低い草が生えていたが、今のように背高のっぽの草でなかったから、楽に水面に入ることができた。
今は、法面の二か所にコンクリートで、草の生えていないところがあるとはいえ、すってんころにをするでしょう。
海底に行くには、水の中を歩くしかないなあ。
海底が、極楽か、どうか判らないのに、水の中を歩きたくはないなあ。
今日の天気予報は、雨が降らない、と。昨日は雨が降る予報が外れて、雨は降らず。
とはいえ、釣り姿で、バス停までは傘をさしていく。中津川には雨が降っていないとはいえ、いつ降り出すか、思案をしなければならない空模様。
かさんやよさんや青ヘルさんらのように、10匹、20匹は当たり前、であれば、竿を出すが。
角田大橋から何度も見ていたが、跳ねる鮎が見えず。
「川見」ではなく、「跳ね」見で、あゆみちゃんのいるところを見つける今年の状況では、この界隈に入りたくないなあ。
青ヘルさんは、平山橋界隈は、瀬の芯にあゆみちゃんがつくから、「跳ね」見ではない、と。しかし、空き家が何日後に埋まるか、が、運次第とのこと。
いずれにしても、オラのウデで相手にしてくれるあゆみちゃんがいない中で、雨に降られたら、泣きっ面に雨であるから、朝ビールを呑んで退散。
丼大王行状記を更新した昼前には、お日様にこにこに。川見もお天道様の予報もヘボですなあ。
「丼大王行状記」の2020年8月 「丼大王8月の嘆き」に、狩野川で26.5才の乙女をだっこしたことが掲載されています。
これへのリンクができないため、「意見感想」=丼大王行状記→2020年→「丼大王8月の嘆き」を開いて下さい
9月4日 中津川
2日、かさんが、昼からやって来て、角田大橋下流でゴロちゃんが来るまで、あゆみちゃんを軟派していたとのこと。
かさんの釣り姿を見たのは、一昔以上前のこと。どんな騙しのテクニックを使っていたのか、忘却の彼方。橋から、かさんの釣りをカンニングしていたら、ボウズ街道まっしぐらにはならないでしょう。
テク1は、八菅橋の上下で、50匹とのこと。八菅橋は、放流地点ではあっても、釣り場ではなかった,との評価があったと思うが。
送電線下やカジ淵に移動してきたものが釣れていた、という話であったが、なんで、放流地点に近い八菅橋上下で大漁になったのかなあ。
テク1の釣り姿も一昔以上前に見ただけ。
明日から、雨こんこんかも。あんよの練習のため、久しぶりに田代に行こう。
平山橋界隈に何人か,入っているなあ。田代の下瀬は空いているなあ。田代の落ち込みの1等地、その上流側は先客あり。1等地の下流側も。その下流側に入る。
継代人工の番茶も出花娘をだっこした。すぐ上流側の人も、1等地の人も。ただ、1等地の人は、いつものように繁盛していないのではないかなあ。
熱中症になることなく、昼ビールを呑んで、目出度し、目出度し。
なお、丼大王は、外道にウナギを釣り、さばいて、蒲焼きをつまみにする豪勢な生活をなさっているよう。
「丼大王行状記」の2020年9月 「外道はウナギ」に、小川でウナギを釣り、さばいたことが掲載されています。
これへのリンクができないため、「意見感想」=丼大王行状記→2020年→「外道はウナギ」を開いて下さい
9月10日 中津川
数日前、角田大橋から、浅場を見ると、石がくっきりと見える。光合成が始まっているよう。どの位の水深まで、光が届くのかなあ。薄い濁りになっているが。
角田大橋上流は先客あり。橋のすぐ下流に入る。アカ付きは悪いなあ。所々にアカがついている石があるという状況かも。
高校生2匹、中学生2匹。
泳ぎは達者ですなあ。
昨日、大漁であった瀬肩付近に数人入っていたが、皆さん、去っていった。
なんでかなあ。品切れとしても,どう考えれば良いのかなあ。
移動する人のいる中で、ボウズでないから、昼ビールは旨し。
9月13日 中津川
囮屋さんに着くと、川には釣り人が一杯では、と気になりますねえ。たまたま、皆さんのやってくる時間に遭遇したということかなあ。
角田大橋のすぐ下流が空いている。上流側もそれほどの人出ではない。田代や消防グランド下流側が多いのかなあ。
中学生に高校生,1人ずつ。もっとあゆみちゃんが遊んでくれるのではなっかとのかなあ。昨日、仙台堰下流に入った人ほどの大漁は望まないとしても、侘しいですなあ。「大漁」といっても、二桁のことであるが。
橋上流側の人は、減っていくなあ。
ボウズでないから、贅沢はいえない状況かなあ。
お天道様は、にこにこ、熱中症に注意という予報であったのに、お天道様は顔を見せない。気温は上がらない。侘しく、昼ビールを呑むしかないなあ。
一時的に雨こんこんも降ってきた。まあ、2匹しかだっこできなかったのは、天気予報が外れたから、としておきましょう。
昨日の幸せ男さんが、今日も幸せであると、格差社会の世の中を恨むぞお。
9月15日 中津川
先日よりは暖かいなあ。曇りではあるが。
角田大橋下流のトロへ。
ヘチの石は殆どがドロ被り。たまに食み跡のある石もあるが。ドロアカ被りの石に、ぶっとい食み跡のある石が1個あるが。アカがついてから、泥がついたのかなあ。
跳ねる鮎は前回よりもはるかに少ない。左岸ヘチ寄りでも、流れの幅の真ん中よりも左岸側でも。
数十メートルを動いたが、水遊びの人たちで繁盛していたところまで歩いたが、ハヤかアブラッパヤが1匹だけ。死を目前にした鮎が2匹、流れてきた。
まあ、あんよの練習になったから、目的は達成したが。
最後は、ぶっとい食み跡のある石のところを立ち位置にして、囮を入れるが、根掛かり。根掛かりをはずしに立ち込んだが、大きい石、頭大の石が詰まっている状況とは縁遠い石の状況。
ほていさんが、縄張りアユがいないから、何年も竿を出していないと話していたが、縄張りアユがいる場所とは考えられないなあ。
かさんやよさんたちは、縄張り鮎でないあゆみちゃんをどんな甘い言葉で,騙しているのかなあ。
瀬落ちのところの人は、今日はどうなったのかなあ。
ということで、ボウズ+根掛かり放流。
9月17日 中津川
角田大橋のすぐ下流。
かさんが、昨日、カジ淵界隈で大漁、ということで、今日出かけた人たちはどうなっているのかなあ。
まあ、よそ様のことよりもおまんのことが問題じゃあ。
ヘチ寄りにコケがついた後、ドロのかぶった石に、食み跡があるから、あゆみちゃんはいるのでしょう。
釣れませんなあ。
幸い、釣れた。計4匹。19才番茶も出花娘の他、中高生。
しかし、背掛かりはない。
杖を忘れたというのに、根掛かり。おっかなびっくりで入って行くと、石が磨かれてない。こんな、石の磨かれていない川には来たくない。とはいえ、他にあゆみちゃんのいる川がないからなあ。
お百姓さんは、アユがいないから、農作業に専念できると喜んでいる。雨に、猛暑に、そのほか、農作物には厳しいお天道様の仕打ちに耐えるには、あゆみちゃんとの二股は無理でしょうなあ。
さて、かさんは、なんで、カジ淵界隈で、いや、どこに行っても大漁になったのかなあ。かさんだけがあゆみちゃんのいる場所に入っているとは考えられないが。
縄張り鮎でないとすると、かさんは、どんな甘い言葉をあゆみちゃんに囁いているのかなあ。オラが真似をしても、あゆみちゃんは相手にしてくれるのかなあ。
19日から22日の間、いつあんよの練習に行くのが、あゆみちゃんとの逢い引きがうまくいくのかなあ。
まあ、ボウズは当たり前であるが。
9月21日 中津川
昨日、田代から歩いた。
田代のテント村は大繁盛。鱒釣り場も。しかし、田代の常連さんがいた上流からの落ち込みも、下瀬のチャラも釣り人はナシ。その下流の瀬に1人だけ。
平山橋界隈も釣り人はいない。天気予報は雨が降る、ということであっただけで、釣り人がいないのかなあ。
囮屋さんに着くと、若者のSさんが、今日も壊れ橋上流に行くと。
オラも、仙台堰下流の法面の草刈りが行われて、釣り人道が出来る前、壊れ橋近くの釣り人道から入ったことはあった。ボウズであるが。
Sさんは、数十メートルを往復している。オラは、二つの棚を上下しただけ。
Sさんは、26才の海産畜養を含むこみの8匹。毎日、よくあゆみちゃんをだっこしているなあ。
角田大橋のすぐ下流へ。
石はきれいになっているものが増えているのに、さっぱり。
口掛かりで、21才。1センチ足らず、乙女をだっこしたことにならず。
その後も2匹が口掛かりのぽっちゃん。オラの下流側の人は、3匹が口掛かりでぽっちゃん。
オラはボウズにならなかっただけ、幸運ですなあ。
昼ビールを呑みながら、口がかりの話をすると、追いが悪いから、鉤素を長くすること、と。
そのためにはチラシを使うことになるが、針先が下に向くようにすることが邪魔くさいなあ。いや、水流が発生するから、鉤先の下向きにこだわらなくても良い、との話もあったなあ。
大井川の溯上あゆみちゃんの馬力で、身切れを起こさないように買った8.5号のチラシがまだあるなあ。
迷人見習いは、同じ遡上鮎であるのに、狩野川と大井川のあゆみちゃんの馬力が違うのは、なんでか、と、狩野川の名人に訊ねたことがあった。
名人は、遡上距離ではないか、と。
若者Sさんは、壊れ橋上流に入れず。左岸側に数台の車を停めて、場所を取っているから、と。
馬渡橋下流を目的地にしたが、どうなったのかなあ。
若者Sさんが、昨日だっこした26才の乙女の写真が、海産畜養では、と。それにしては、背びれの形状が、帆掛け舟でないが、頭側の長さ・高さと、しっぽ側の長さ・高さの違いが小さいなあ、と感じた。
オラがだっこした番茶も出花娘の背びれの形状も同じ。
下顎側線孔数を見ると、4対左右対称。
海産畜養と判断できる。
背びれの形状が、遡上鮎と少し量的な面で異なるのは、5月下旬まで、養魚場にいたからかなあ。
サボMとTが、消防グランドへ。
「大型が釣れるということで上大島に行くもまだ濁りがキツク厳しい状況なので、中津川消防グランドに・・・
お昼を挟んで8:00~15:30で仲良くツヌケ(15~22cm)でした。
釣れる主体は18cm級なので、まあ楽しめました。
相模川の濁りが改善されるには9月いっぱいかかるかもしれません。」
21日の消防グランドは、大入り満員との話があったが、その中でボーズでないとは、さすが、サボり-マンですなあ。
もう一つ、消防グランドであゆみちゃんをだっこできるのは、カジ淵界隈であったのに、上流側でも釣れていたとの話があったが、なんでかなあ。
雄物川さんは、才戸橋下流の自由区に重機が入り、平坦に、そして石が小さくなった、と嘆いていたが、溯上あゆみちゃんが釣れていると。
橋の河原の駐車場は、使える状態になっていると。
才戸橋上流の友区も当然、遡上鮎が釣れているでしょうなあ。
9月28日 中津川
今日は、快晴。
角田大橋上流側へ。下流側は先客あり。
30センチのダム放流は、今回は濁り水ではない。
今年の前回までは濁り水。宮ヶ瀬ダムが、選択放流の機能を備えていることを知らない人が、運用していたことが原因のよう。
先日、角田大橋から見ると、泥は石から流れていた。アカがついているような感じ。
ということで、お天道様もにこにこであるから、角田大橋上流に入ったが、あゆみちゃんはいるのかなあ。
橋下流から、橋上流へと動いている人は釣れてないなあ。
あゆみちゃんがどの程度いるのかなあ。
立ち込まないで、囮を働かせて、高校生と19才番茶も出花娘。ボウズじゃあないぞお。
継代人工であるが、汚い継代人工ではない。産地はどこかなあ。
体調が不良というまさんが,今年初めて竿を出した。
オラの入っていた附近から、立ち込んでいたが、釣れたのかなあ。
橋下流の増水がなくても瀬であるところの人は、1匹だっこして釣り降ったが、消えていった。若者Sさんが、昨日あゆみちゃんをだっこしたから、少ない鮎が一層少なくなったからかなあ。
昼ビールは、旨かったが、ライターを忘れて、「ぼけっとタバコを吸ってるんじゃあないよ」という至福時を楽しめなかった。もちろん、かさんやよさんらのウン分の1でもあゆみちゃんをだっこできたら、タバコを吸っていませんよ。
9月27日 サボMの消防ランド
「午後から雨予報だったので、午前中勝負ということで消防グランドへ。
水量多く比較的釣りやすい先週のサボTポイントでひたすら泳がし、9時~13時で3本(20cm級)でした。
この増水の状況でも消防グランド下流には5名程度の鮎師が入っていました。
皆さん数匹は釣ってるようでした。
渋いので昼食後終わりとしましたが、結局午後は晴れて来ました。もう少しやるべきだったかな?
なお、1日やれば良い人は10本程度釣れるかもしれません。」
その日、消防グランドを見に行ったよ。 草ぼうぼうで、二か所?しか水辺に行けない。 平山橋の水位計で、30センチの増水の中、ボウズでないとは、さすがですなあ。 |
10月3日 中津川
凄い釣り人の数。昨日も大入りとのこと。
当然、角田大橋上下に釣り人が並んでいる。いつもより下流へ。トロへの落ち込みのところも数人。田代は、テント村が大入りのため、釣り人の車は河原に入れないとのこと。
まあ、竿を出せたから幸運ということかなあ。
継代人工の19才番茶も出花娘、ボウズじゃあないぞお。
気持ちよく、ビールを呑んでいると、平山橋界隈に入ったMが、25才に少し届かない3匹。若者Sは、その近くでボウズ。
Mとは、今年二回目の対面ではないかなあ。酒匂川は、増水で、放流のたびに流されて、継代人工がいない、と。しかし、大口橋のコロガシが解禁になると、大きい継代人工が大漁とのこと。ダム放流の影響を受けなかったからかなあ。
釣れた鮎の数の何倍の釣り人が,中津川に入ったのかなあ。
明日も大入り満員かなあ。
10月2日 サボMの大島
「10:00~12:00で、一本でした。まだ測ってないので大きさは解りませんが、26cmはありそうです。
渋いですね。釣れたので良しとします。
明日は、中津川才戸橋下流にチャレンジする予定です。
26.5cmありました。
なお、釣れるとはいえ、上大島は相変わらず濁っています。
明日は、土曜日なので激混みが予想されます。」
中津川でも、26才くらいの継代人工が釣れている。どこの産地の継代人工かなあ。丼大王も狩野川で、28才くらいのあゆみちゃんとも戯れているようで。 なんで、大きいアユが目立つのかなあ。 大井川の遡上鮎は、10月上旬ではまだ特に大きい、と感じるものは混じっていいなかったなあ。 長島ダム、塩郷堰堤のなかったこ頃のこと。家山の釣り人は、村の八幡様の祭りの頃=10月17日頃、これまでとは違う大きさの鮎が釣れた、と。 井川ダムの濁りを避けて、渓流相の笹間渡川等の支流に入った鮎が、一足早く本流に戻ってきたのかなあ。その頃からが、大鮎の楽しみとのことであったが。 |
10月5日 中津川
角田大橋下流側に入る。釣り人は少ないなあ。昨日、一昨日までとは大違い。
釣れませんなあ。
やっと継代人工の高校生。
そして、22才にはほんのちょっぴり足りない継代人工の乙女。良く太っているなあ。
継代人工であるのに、まだ、サビが出ていない。10月1日頃の採卵ではなく、10月中旬以降に採卵されているのかなあ。
囮屋さんで、早い昼ビールを呑みながら、田代で1匹の人にでっかい顔をして愉しむ。その人は、薄ら寒い中で、水風呂につかるという苦行までなさっている。オラは、杖を忘れたのに、転ばずにすんだ。もちろん立ち位置の水深は、くるぶしではあるが。
継代人工であるが、簡単に抜けないほど、腕力が弱っている。大井川の溯上あゆみちゃんの乙女は、河原に立って、両腕でも抜けなくなっているかも。まあ、大井川に行く機会があるか、どうかも不確かであるから、取り越し苦労に過ぎないが。
10月7日 中津川
角田大橋上流近くに1人、下流の平瀬に1人。空いてますなあ。これで、あゆみちゃんがいっぱいいたら、うはうはであるが。
少し釣り降り、高校生。掛かりどころが悪いから、囮に使わず。
その下流の瀬の雰囲気がある棚で、取り込みに苦労する。22才乙女に数ミリ足らないが、乙女をだっこしたことにしょう。
この棚で、この乙女を囮にして、乙女が釣れたら、糸は太いから、丼にはならなくても、取り込みに四苦八苦するから、また、根掛かり放流したら、泣きっ面に蜂になるから、その上流のチャラっぽい棚へ。高校生。
3人もだっこした。
明日から、ダム放流があるのか、ないのか、判らないが、ダム放流があっても、ボウズでの閉幕にはならない。あな、嬉し。
また、とおちゃんの目を盗んで、サボった若者Sは、仙台堰下流に行ったが、どうなったかなあ。
ボウズの期待は外れて、オラの倍余りのあゆみちゃんをだっこしている。
かさんは、消防グランド下流,カジ淵方向に行ったとのことであるが、つ抜けをしたのかなあ。
これも期待外れで、つ抜けどころか、オラの5倍余りのあゆみちゃんをだっこしている。
人様の不運を期待するのではなく、おまんが、あゆみちゃんのナンパ術を磨け、と、あの世に行かれた師匠達は、嘆いているでしょうなあ。
孫殿に引かれて狩野川詣りのテク1は、雲金?,松ヶ瀬、殿淵付近に入ったと思うが、20匹とのこと。老体にめげずに孫殿と付き合っているテク1は、九頭竜川では、孫殿に太刀打ちできなかったのでは、と、妄想しているが、狩野川ではどうなったのかなあ。
囮屋さんで、今年最後になるかも判らない昼ビールを愉しんでいるとき、囮屋さんが、26才乙女を釣った人が、ヌメヌメ、ぬるぬるのあゆみちゃんを舟に入れるときに逃げられたと。その後、同じ大きさの乙女をだっこしたとのこと。
神奈川県の30ウン代で廃嫡になった継代人工の肌は、ヌメヌメなどしていなかった。鮫肌人工。
オラのだっこした乙女もヌルヌル,ヌメヌメ。
継代人工の生産にあたり、継代を何代も重ねないようにしているのかなあ。そのような、種苗生産をしているところがある、ということかなあ。
10月14日 中津川
一時的には、2メートルほどのダム放流の時、あゆみちゃんは、どこに避難できたのかなあ。残りアカがついているところがあるのかなあ。
高田橋は濁り水であるが、中津川は濁りはない。
高田橋では、平水の時の河原に避難できるが。鵜が避難場所にも、1メートルほどの増水に減った流れにも入っていたが。10羽ほどの鵜が、小沢の堰にとまっていたが、食糧はどの程度あったのかなあ。翌日には、1羽だけになっていたから、食糧が潤沢という状況ではないかも。
まあ、14日でなければ、竿を出さないで、見物するだけでしょうなあ。
角田大橋下流トロの終わりの方で、幸せな人がいたとのことであるが、そこでボウズは恥ずかしいなあ。右岸側の中州側が避難場所になり得る可能性はあるとは思うが。
消防グランドの人出は多い、釣れている、との話はあるが。
ボウズも恥ずかしくない、ということで、角田大橋のところへ。
下流側は、チャラが、30センチ余りの増水で、瀬状になっている。上流側は、流れが弱い。当然、橋上流へ。
目出度くボウズ。
若者Sは、田代の水深のあるところで2匹。3匹目の気配はあったが、鍼はのらず。オラにも、もそもそはあったが。若者は、根掛かりをはずすとき、よろめいて、水風呂につかる。全身つかれば、楽しいのになあ。昼からは、馬渡橋下流に入るといっていたが、如何に。
wさん、高田橋でも会っていたとのことであるが、なあんも覚えていなくて、すんません。ねえちゃんであれば、一生懸命、覚えようと努力をするが、男では、その努力すらしないため、なあんも覚えていなくてすみません。
囮屋さんの水槽に、ダム放流前に、かさんが才戸橋でだっこした高校生等の溯上あゆみちゃん等が泳いでいる。
才戸橋の堰までは、遡上出来る。橋下流の自由区が今年の釣り場ではないかと、想像しているが。その自由区は、ブルが入り、小石の平坦なチャラになって、雄物川さんら常連さん達は、三川合流点界隈に移動している。
才戸橋下流の溯上あゆみちゃんをだっこしたいなあ。今年からあゆみちゃんもナンパ対象にした、長良川であゆみちゃんをだっこした、弁天ではまさんに教えてもらった若者をアッシー君にしょうかなあ。
狩野川に遡上鮎がおれば、11月もあゆみちゃんのナンパをするが。よさん差し入れの昼ビ-ルを愉しんで、シーズンを終えましょう。
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